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冬の夜風、あるいは黒い子猫の記憶について

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キン…と冷えきった夜風が流れてくる冬の夜。

そんな夜は、普段眠っているはずの感覚も冴え渡る。


音ならぬ音が聞こえてくる。

貴方は雪が舞い降りる音を聞いたことがあるだろうか。
私は聞いたこと...いや、感じたことがある。
音ならぬ音。
『ゆきが、しんしんとふる』…という表現を見いだした先人たち。
祖先も、確かにその音を感じたのだろう。冷えきった夜風の流れるこんな夜には。


瞳は光に音を感じるようになる。

夜空に冴え冴えと輝く星たちの光に、旋律を見い出したことはあるだろうか。
硝子の盃を指で弾いた時に零れる音の粒に似た、高く澄んだ星の光。
Kinkira・Sarasaraと、それは我々の目に降り注ぐのだ。


肌の感覚は記憶を伴うようになる。

冷えた羽根布団が私の体温で少しずつ暖かくなっていく密やかな時間。
羽根布団に入って眠ってしまった黒い子猫の暖かい体温を、私は感傷と共に思い出すだろう。




皆が寝静まった冬の夜。

イビツな三角柱のシルエットが、外苑西通りに面した通り沿いに建っている。
私の部屋が収まっているアパートがそれだ。
そのアパートの遥か上。

真円の寒月が支配者のように浮かび、外苑西通りのアスファルトを照らしてゆく。

いつもは近所の夜間病院に向かって忙しく鳴り響く緊急車両のサイレンも、この夜ばかりは沈黙せざるを得ない。

そんな夜、私の心の中のシャッターは不意に壊れてしまう。つまり、ずっと開きっぱなしになってしまうのだ。
既に眠りについている私は、心の不具合に気づくことができない。

夜の帳によって光がその力を弱められたとしても、その真円の光は、白い水彩絵の具のように少しずつ私の心の中に侵入し、汚し、染めてしまうのだ。

そして、私の見ていた夢を全くの細切れにしてしまう。

僅かに残った断片までも、汚れた光で包み込んでしまう。
そうして、つまらない、只の白紙にしてしまうのだ。

だから最近の私は、見た夢を覚えていない。

あの黒い子猫に似た少女の横顔も。
その少女の、無くしてしまった漆黒のリボンも。

今夜も夜風はその鋭利で透明な指先で、私の忘れてしまった夢の記憶について触れようとするのだ。

冷えきった夜風。
冴え冴えとした星の光。
そして静かな外苑西通りのアスファルト。

それらを感じると...。

なぜか…とてつもなく大きな喪失感と、懐かしく暖かな温もりを知っているような錯覚に襲われてしまう。

冬の夜は、そんな感傷的な気持ちに見舞われてしまうから、あまり好きではない。

それでも...。

あの黒い子猫が不意に現れてくれそうで。

私はブラインドの隙間から、冬の外苑西通りをまた眺めてしまうのだ。