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三眼の怪獣

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渋谷区に一匹の怪獣が住んでいた。

その怪獣は、人に似た姿をしていた。

だから、自分が怪獣であることに死ぬまで気づかなかった。

その怪獣は、人が大変好きだった。

しかし、その怪獣が人に好意を抱き、愛すれば愛する程、人はその怪獣を憎悪し、その怪獣を傷つけた。

理由は分からない。
人が人にするように、怪獣も人に好意を伝えたが、何故か怪獣は嫌われ、仲間外れにされてしまうのだ。物心ついたときから、怪獣はずっとそんな環境で育ってしまった。

或いは怪獣で在るがゆえに、人から攻撃を受けていたのかもしれない。

しかし、怪獣に産まれたことに罪があるというのなら、彼は自ら命を絶たねばならぬ。

皮肉な事に、怪獣は幼児洗礼を受けたキリスト教の信者だった。
キリスト教の教えにも共感していた。

自殺はキリスト教では最大の禁忌なのだ。つまり怪獣にとって、それは出来ない相談だった。
それどころか、いつか救いの手が差し伸べられる日がきっと来ると信じて生きていた。

しかし、その日は遂に来なかった。

人からの攻撃と、それによる孤独は、止むことが無かった。

その怪獣が人であったならば、その仕打ちに怒りを露わにし、復讐に出ただろう。
そのくらいの辛い仕打ちを、怪獣は受けていた。

人を好きになれば、必ずその相手にズタズタに傷つけられた。
特に理由も告げられぬまま。

怪獣も、なぜ人が自分を傷つけるのか、聞かなかった。
自分が好きだった相手を憎んだり、自分が愛していた相手と争うことを避けたかったから。

自分の心に淀んだ風のような、闇のような感覚が吹き上がり、いびつにたまっていくのを怪獣は感じた。

しかし心に闇を蓄えることはあっても、怪獣が復讐を実行することは決してなかった。右の頬を叩かれても、左の頬を差し出し続けた。

何故なら、人が、本当に好きだったから。

だから怪獣は、最後まで人に視線を送り続けてしまったのだ。

怪獣は都心で働いていたから、その場所に気づくのは時間の問題だった。

怪獣にはどうしても得る事が許されない...人々の幸せな姿や楽しそうな景色が、そこにはあふれていた。

渋谷スクランブル交差点。

その交差点は、きらびやかに着飾った人達が海の波粒のように絶え間なく行進していく場所だったから、怪獣はいっぺんに魅了されてしまった。

恋愛。
友情。
笑顔。
幸福。

そういったキラキラした瞬間が、その交差点の中には沢山詰まっている。そして絶え間なく流れ散っていく。

怪獣は、ひっそりと、その巨大な交差点の中の宝石のような瞬間を、機械の助けをかりて収集し始めた。

怪獣は成人になった頃から、夜にだけ行動の自由が保たれる身体になってしまっていた。
だから必然的に、その行為は夜に行われていった。
或いは夜だったから、その交差点の輝きに気付いてしまったのかもしれぬ。

一ヶ月、一年、十年…。

怪獣は交差点の人々の瞬間を集め続けた。
レンズと暗箱をまるでナイフのように使って、きらめく景色を塩漬けのハムみたいに薄く切り取っていった。

そうして薄く切り取った時間の欠片を、怪獣はキラキラとした表情で、まるで宝石でも観るかのように目を細めながら眺めていった。
その時間だけは、心の闇の存在を忘れることができた。


宝石のような瞬間が沢山集まったので、怪獣は宝箱のようなそのコレクションを、インターネットで人々に公開することにした。

見せたかったのだ。
人が好きだったから。

分かって欲しかったのだ。
人が好きだったから。

しかし、その塩漬けのハムみたいな怪獣の宝箱を見た人々は、更に怪獣を非難し、過酷な攻撃を加え続けた。

怪獣の白くて柔らかい石のような心は、次第に削られ、砕け、割れていった。

その怪獣は、がらんどうの心を制御出来ないまま、しばらくの間、街を彷徨っていたらしい。

怪獣が交差点を通り過ぎる度...物憂げな風に吹かれた枯葉のような足音を、人々は聞いた気がした。
カシャ…カシャ…というその足音が聞こえる時、暗く虚ろなふたつの目と透明で虹色に輝くひとつの目を持つ怪獣は、その交差点に居たのだ。


この怪獣は、つい最近まで、トボトボと生きながらえていました。

でも、最近死んでしまった。



怪獣が最後まで人を愛していたのか、それとも最期には恨みを抱いて死んだのか、それは定かではない。

そもそも、彼の心は喪われてしまったのだから。


ただ、火葬された怪獣の胸腺の辺りから、親指の爪程の大きさの、虹色に輝く真珠に似た石が、焼け落ちずに見つかったということだ。
しかし、その石もひび割れていたらしい。


...。
この怪獣の事を、人は悪と呼んでいる。
…。
何故なら、人には理解出来ない存在だから。

...。
怪獣とは、人々が彼に付けた名前だ。
...。
何故なら、彼のような心をもった人間は、架空の存在であるに違いないから。
作品名:三眼の怪獣 作家名:机零四