まさむね
「知らないわよ」
「もうっ、玄関の刀掛けに掛けといたのにー」
「それだったらさっきお父さんが持っていきましたよ」
「えーちょっとなんで茎(なかご)を確認しないのよ!私のは茎に金象嵌銘(きんぞうがんめい)が入ってたから見れば分かるはずなのに!」
「いちいち忙しいのに茎なんか確認してる時間ないわよ。今日は私の無銘のを貸してあげるからこれ差してでかけなさい」
「いやよっ。だって今日、正信君とデートなんだよー。だから念入りに研ぎを入れて、打粉までして準備してたのに」
「母さんの刀だって、銘こそないけれども鎌倉末期の力強い作風で切れ味抜群の業物よ。これを差してデートに行けばいいじゃないの」
「いやよ。今時鎌倉時代末期の刀差してる若い娘なんかいないわよ」
「ばかな子ねぇ、鎌倉時代の刀の持つ野趣溢れる作風、内反りになった筍造(たけのこづくり)、振袖形(ふりそでがた)の茎。元幅と先幅の差も少なく鋒(ほこさき)が延びたその堂々たるたたずまい、冠婚葬祭どこに差していっても恥ずかしくない名刀よ」
「嫌なものは嫌なの。物々しすぎるんだもん」
「まったくわがままばかり言って……所で正信君ってこの前うちに遊びに来た……そうそう!確かテニス部の子よね?」
「そうよ」
「あの子と付き合うのは止めときなさい。あの子の差してる菊一文字はね、お母さん偽物だと思う」
「ちょっと母さん!なんの根拠があってそんな言うのよ?!」
「あの刀には古備前の趣が見られないわね。茎が雉股形(きじももがた)じゃあないみたいだし」
「母さんに刀剣の何が分かるっていうのよ?!私が誰と付き合おうと、私の勝手でしょ」
「あんたのために言っているのよ!変な刀差した男とつきあったりして、ばっさり後ろから袈裟懸けに斬りつけられたりでもしたら、お嫁に行けない体になっちゃうのよ」
「正信君はそんな人じゃない!それにおかあさんいつも、人を刀剣だけで判断するなっていってるじゃない」
「それとこれとは別!……ってまさか、あんたあの子ともう果し合いしたんじゃないわよね?」
「してないわよ。私、お嫁に行くまでは人を斬らないっていつも言ってるでしょ」
「……それならまぁ、いいんだけど」
「あーーーもう時間がない。待ち合わせに遅れちゃうー」
「どうしたんじゃ朝っぱらから騒々しいのぉ」
「あ、おじいちゃん!実はね……かくかくしかじか……」
「ホーホホホホッ。そういうわけか、ほれっ、わしの刀を持っていけ」
「えっ、おじいちゃんの刀って」
「備前長船祐定(びぜんおさふねすけさだ)じゃ」
「えーいいの?これ借りて」
「ええともええとも。打粉もしてあるでの。いちおう目釘は確認しとけよ。初太刀で刀身が飛んでいったりしたら彼氏に笑われるぞ」
「もーおじいちゃんまで、お嫁に行くまで人斬らないって!」
「ほっほっほっ、男なんてな、女から攻められると意外に弱いもんじゃぞ、わざと遅れて行ってだな、背後の死角から、いきなりバッサリやってしまえ!これ爺ちゃんからのアドバイスじゃ」
「もー、おじいちゃんあんまり甘やかさないでください。そんな重文(重要文化財)級の名刀、この子にはまだ早すぎます」
「いーだ、もう借りちゃったもんね。うわーすごいな青貝螺鈿拵(あおがいらでんごしらえ)……キレイ……脇差は正宗の小太刀だけど、変じゃないかな?」
大小を差して、鏡面台の前で確認。
「よし、いけてる。じゃあおじいいちゃん、これ借りるねー行ってきまーす」
「ふぉっふぉっふぉっ、青春じゃのう」
母、ため息。
「まったく……」
*****
娘、二本差しで軽やかな足取り、待ち合わせ場所に向かう。
「ふふふ、この刀みたら正信君いきなり斬りつけてくるかも……キャーどうしよう。こう斬りつけてきたらこう躱して篭手を刷り上げて……私の柳生新陰流がどこまで彼に通用するかな……いけないっ私ったら何考えてるんだろっ」
娘と正信が果し合いをする日は近いのだろうか?
つづく?