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営業途中に牛丼屋へ寄って、男二人で並んでメシを食う。
「そんなむさ苦しい状況も案外悪くない」が、「かなり愉しい」へと変化して一体どれくらい経つだろう。
――今はむしろ、「ちょっと居心地が悪い」。


◆◆◆


佐藤が頼むメニューは毎回コロコロ変わる。
『毎回』なんて言えるほど通っているわけでもないが、同じ物を二度注文しているのを見たことがないから、まあ、嘘というわけじゃない。
全メニュー制覇したいだとか、常に新しい物にチャレンジしたいだとか。
そういう理由があるなら分かる。どんどんやっちゃってくれ、とも思う。
だけど佐藤の注文は、実際、ただ一つの法則性に基づいているのだ。

「げっ……今度は『ネギ玉』かよ」
「別にいいだろ」

涼しげな顔で佐藤が本日の昼食に選んだのは、肉よりもネギの方が多そうな緑々しい牛丼だった。
普通の牛丼でいいだろ、普通ので。

「俺、あんまネギ好きじゃねーんだよなー。うーん……でも俺も『ネギ玉牛丼』。大盛りで」
「何でだよ」

呆れ声を出されたところで、理由なんか俺にだってよく分からない。
でも折角こうやって一緒に昼飯食うんなら、同じ物食べたい気持ちになるんだから仕方ないだろうが。
あまり客の入りは多くない昼過ぎ、程なくカウンターに並んで置かれるネギ玉並・ネギ玉大。
やっぱネギ多すぎだろ。殆どネギだろ、コレ。ネギ丼って名前変えろ。
正直、そんなに食欲そそられないけれど、ここで俺が「嫌い」などと言ってしまえば今後の注文に差し障る。
示し合わせたように同時に箸を割って、丼の中心でやたら主張してくる卵に箸先を突き入れる。
このネギ臭さどうにかしてくれよ、全部お前にかかってんだからな。
心の中だけで告げたところで、黄身は何も分かってはくれない。

「……あー、そういや佐々木希、この前テレビ見たらそうでもなかったわ。可愛いけど、彼女にしたくはないよな」
「なんでいきなり佐々木希」
「いや、お前こないだ嫌いっつってたから。俺もそんなに好きじゃなかったわーっていう、なんつーの、世間話?」
「じゃあ俺、佐々木希好きだわ」

はい、出ました。
これが佐藤が毎回牛丼屋でメニューを変えるたった一つの理由、たった一つの単純な法則。
名付けて、『俺が好きって言ったものは全部嫌いの法則』だ。

「嫌いっつってたじゃん」
「お前が好きって言うのは全部嫌い。お前が嫌いって言うのは全部好き」
「それなに? 持ちネタにすんの? そんな面白くないよ?」
「ネタじゃないし」

社内で話している時は結構周りも笑っていたけど、俺としては実はそんなに笑えない。
いい加減、天の邪鬼すぎるだろう。
それなりに仲良くやってると思う、それなりどころじゃなく仲良くしたいとも思う。
でも俺が進めばこいつが退いて、俺が退けばこいつが進むっていうんなら、いつまで経ってもこの距離はそのまんまだろ。
すぐ隣で牛丼相手に綺麗な箸使いを披露している佐藤を見ていると、床に固定されている椅子を寄せたくなってしまう。

「ネギ玉どう?」

クソつまらない法則を明らかにしておきながら、佐藤はいけしゃあしゃあと訊いてくる。
好きじゃねえよ、これもうネギ丼だし。牛丼食いたくて入ったのに、なんでネギ食わなきゃいけないんだよ。
だが、ここで俺が「嫌い」と言えば、次回からの牛丼メニューはこれ一択だ。

「……案外美味いかも」
「マジか」

目を丸くしてこっちを向いたのは、俺の嘘に気付いたからか?
しかし、よく見れば佐藤も箸の進みが遅いように見える。こいつ、普段もうちょっと要領よく食うよな。
もしかして、佐藤もそこまでネギ玉牛丼好きじゃないんじゃないの。
少しだけ面白くなったので、指摘はしないでやる。お前も苦しめ。
そうやって二人並んで、多分お互いそんなに美味しくないと思ってる物を機械的に口に運ぶ。
たまに営業先の話をしたり、新入社員の話をしたり、当たり障りのない会話で空白を埋めてみる。
でも、俺が何かを肯定すれば佐藤は絶対否定するし、逆もまた然りだ。

「あー、もう、佐藤は本当は何が好きで何が嫌いなわけ?」
「強いていうなら、お前が嫌い」

強いてないのに言ってくれて、どうもありがとよ。マジで頼んでない。
箸を持つ手に力がこもる。本気じゃないのは分かっているけど、毎回毎回こんな会話ばっかりで俺が傷付かないと思われてるのも癪に障る。
まるで冗談みたいに好きも嫌いもコロコロ変えやがって――その度に俺がどれだけ不利回れてると思ってんだ。
小さな苛立ちは転がる内に雪だるま式に膨らんで、遂に俺は真っ昼間の牛丼屋で叫ぶことになる。

「じゃあ、俺が俺自身のこと『嫌い』っつったら、そしたらお前どうすんの? 好きになるわけ?!」

しんと静まりかえる店内。
元々客は少なかったけど、それにしたって不自然すぎるだろ、この無音。
これは、もしや、やっちゃった系か?
俺が冷や汗を流しながら、どうにか笑って済ませられないかと次の言葉を考えている内に、空気が読めているのか読めていないのかも分からない隣の男が涼しげな声を出す。

「……ハワイにでも連れて行くかな。一週間くらい」
「はい!?」

またしても大きな声を上げてしまった俺を誰が責められるというのか。
とりあえず、この男だけは責められないだろう。
今、なんて言った? っつーか、何の話?
佐藤は俺の混乱など丸っきり無視して、くるくると行儀悪く箸先を回しながら、まるで子どもにでも言い聞かせるように言う。

「あのなぁ、馬鹿のお前が『自分のこと嫌い』とか言い出したら、余程のことだろ。悩んで首吊るくらいなら、バカンス行ってパーッと遊んだ方がいいって話だ」

まあ現実的には一晩飲み明かす程度が精々だけど。
そんな風に付け加えられたところで、思いっきり逆効果に決まっている。
俺が自分のこと『嫌い』って言ったら、ただそれだけで、こいつ俺とハワイに行く気なのか?
それが無理だとしても、一晩俺に付き合ってくれる気でいるわけ?
まるで『当たり前』みたいに言われた言葉が想像以上、というより想像だにしてなかった回答で、佐藤の目を見たまま、ぽかんと開けた口を閉じる術も見当たらない。

「……っ、と、それは旅費も全部佐藤持ちってこと? わー、じゃあ俺、俺嫌い!」
「アホか。いいからさっさと食えよ、割と時間ない。あと次、お前運転ね」

ギリギリで普段の会話へと方向修正する。
流石に店内の沈黙が重すぎて、これ以上は無理だった――少なくともここでは。

「いいの? 今の俺に運転させたら、このままハワイまで行っちゃうよ?」
「おーおー、海の上走れるっつーんならやってみせろ馬鹿」
「今めちゃくちゃ浮き足立ってるから、沖縄くらいまでなら行けるかも」

すっと寄せられた車の鍵を受け取りながら軽口を返す。
早く車に乗り込みたい、といつもなら抱かないような願望に押されて箸が進む。
ネギたっぷりの牛丼も何だか美味しく感じられて来て、やばい、好きかもしれない。
俺も人のこと言えないな。佐藤のたった一言でコロコロ変わる。

この気分どうにかしてくれよ、全部お前にかかってんだからな。
心の中だけで告げたところで、佐藤は何も分かってはくれない。