希望
「本当に社長が、ああもう違うけど、お父さんがそう言ったの?」
キミは、頷き、言葉を続けた。
「あなたとも 契約したいとのことです。父の元で働くのは嫌ですか?というか、あなたがいないと 事業が始まらないのだそうです。父に力を貸して頂けませんか?」
「ま、また社長と呼ばせて頂けるのかな。なんてことだ」
キミが、卓袱台に頭をぶつけない程度に後ずさりすると、ボクに頭を下げた。
ボクも、同じように頭を下げた。
お互いに 頭を上げると、キミの表情は、やや不満げに見えた。はて?何だ?とボクの思考が探り始めた。
「が申しておりますが如何でしょうか?」とキミが繰り返し言った言葉に はっとして慌てた。
「よ、宜しくお願い致します」
「じゃあ、駄ー目」と膨れた頬はすぐに萎んだ。
「此処、また来てもいい?」
「もちろん」
にっこり笑ったキミが言ったことは、現実そのものだった。
「今度、履歴書と面接にお越しくださいって 父が申しておりました。えへへ」
その明るい表情は、キミの本当の笑顔のように思えた。
(もう抱きしめてもいいかなぁ)
ボクの手がキミに伸びた途端、キミはするりと擦りぬけるように立ち上がっていった。
「あれっ」
「ん。なに?」
「いや、何でもない」
キミは、キッチンとリビングの境の壁に置いてある幅四十センチの天板のカウンタテーブルへと向かった。
入居の時には、壊れて取り外されていたが、ボクが食事をする用として初収入を得たときに買ったものだ。
「美味しそうだにゃん」
キミは、その粒々は何かと思ったのか、鼻先で嗅ぎ、ボクの食べかけのベーグルパンを齧った。
「ブルーベリーかにゃん」
「そうだよ。あーあ、ボクの貴重な朝ごはんを。仕方ない野良猫さんだ。はい、半ぶんこ」
ボクは、少し硬くなった齧りかけのブルーベリーベーグルパンを千切るとキミに手渡した。
キミは、卓袱台の前にちょこんと座ると、見ているボクまで幸せになるくらい美味しそうに齧っていた。