小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

しげる松崎.com ショート5つ

INDEX|1ページ/40ページ|

次のページ
 

恩返し



 秋の日の夕暮れ。
 ある村の若い男が山の仕事を終えて、一人で山から下山しているところだった。
 男はその日の下山の途中、水辺で休む一羽の美しい鶴を見かけたのじゃった。どうやらその鶴は弱っているようで、男もすぐにそのことには気がついたようじゃった。男は静かに近づいて様子をうかがってみると、その鶴の身体にはどこかで打ちつけたような傷がいくつもあった。とにかく男は薬草を腰袋から取り出すと、傷の手当をしてやろうと近づいていった。その鶴もこの男の目を見て男の気持ちが分かったのであろうか、逃げる素振りもみせずにおとなしく傷の手当を受けた。
 手当が終わるとその鶴は弱々しく立ち上がり、なんとか飛び立つと山の向こうの空に帰って行きよった。男はその鶴が見えなくなるまで見送ってから山を下りていった。


 それから数日後の夜のこと。


 山ふもとの小さな小屋で独り貧しく暮らしているこの男のところに、それは美しい女が一人で訪ねて来たのじゃった。その女は道に迷ってしまったらしく、一晩だけでも泊めては貰えないだろうかと懇願してきた。気のいい男は快く見ず知らずの女に飯を食わせると、一晩泊めてやった。

 翌朝、女はお礼のかわりに自分をこの小屋で数日の間でも手伝いをさせては貰えないだろうかと言うてきた。男は女の言葉に少し驚いたのじゃが、その女が妙に気になり、とにかくその申し出を快く聞きいれることにした。
 そうすると、女は早速その日の朝早くから夜遅くまで、男の身のまわりの世話を、それはもう手馴れた手つきでせっせとしてくれたのだった。
 そうして二人は幾日も一緒に暮らしているうち、男はこのよく働く美しい女のことを好きになってしもうた。


 そうして一ヶ月程が過ぎたある夜。


鶴子「どうぞ今宵も この扉を開けないと約束してくだされ
男 『どうして見てはいけないのだろうか?
鶴子「それは言えませぬ
男 『そうか お前さんがそこまで言うのなら…

 女は部屋に閉じこもると夜通し はた織りを続けた。
 男もその間は扉を開けることはせんかった。
 そうして女の織った布を町に持って行くと、また高い値で売れたのじゃった。
 おかげで男の暮らしはいくらか楽になっていった。


 1週間後


鶴子「今宵も約束してくだされ 決して扉は開けないと 
男 『ほんの少しでも… なぜ見せてはくれんのだろう?
鶴子「言えませぬ 少しでも開けてはなりませぬ 決して
男 『わかった… 扉には近づかんから心配はいらん
鶴子「どうぞ お願いします

 そう言うと女はいつもの様にピシャリと扉を閉ざし はた織りをはじめた。

                    カタン
  カタン
              カタン
        コトン                 カタン

    カタン                 コトン

                   カタン
           コトン

 扉の向こうからは、やはり はた織りの音だけが聞こえてくる。
 この女はこれまでも何度か男の為に はた織りをしてやっていた。

鶴子「おかしいわね…
      そろそろ覗いてもいい頃なのに…

     あの日も また旦那がカンシャクを起こしたから
            気晴らしに飛び出しては来たけれど…
     こんなに遅くなってしまっては また酷く殴られるわ… 」

 男は扉の向こうがとても気になってしょうがなかったのだが、この夜も扉を開けることはしなかった。そして女の織った美しい布を売りに行くと、また良い値で売り捌いたのじゃった。
 男が儲けた金で美しい髪飾りを買って帰ると女は大そうに喜んだ。男も余ったお金で少しばかりの贅沢な買い物をしてみた。


 1週間後


鶴子「いつもの様に 決して中を覗かないで下さいませ
男 『もう大丈夫だから 分かっているよ
            約束は守るから 安心しておくれ

 それからも男は決して部屋の扉をあけることはしなかった。

 これまで鶴子の出会ってきた人間は、三度も部屋に閉じこもれば必ず扉を開けてしまったし、それで鶴子も再び山に帰れたのじゃった。この男はなぜ扉を開けないのだろうかと最初は不思議に思っていた鶴子も、やがてはそれがこの男のたんなる優しさなんだと理解した。それを知った鶴子の心がこの男に惹かれていくのにも、そう時間はかからなんだ。

 鶴子は山に残してきた、すぐに怒鳴り散らして暴力を振るう旦那よりも、優しい人間の男を愛してしまったのじゃった。鶴子は自分との約束を守り、決して扉を開こうとはしなかったこの人間の男となら、かならず幸せに暮らせると信じるようになっていた。

 そうして二人は夫婦となり、仲むつまじく暮らしはじめた。

 その後もこの男が鶴子との約束を破って扉を開くことは決してなかった。鶴子の秘密は、男の思いやる気持ちにずっと守られつづけた。
 その後の鶴子はというと、毎年一度だけ年の暮れにこの優しい男の為に自らの羽毛を使って美しい布を織ってやった。二人はその稼ぎだけでも十分幸せに暮らせたし、男もそれ以上は望まなかった。二人はささやかな幸せの中、子宝にも恵まれ、ずっとずっと末長く幸せに暮らしたのじゃった。


             〜 おわり 〜