超絶勇者ブレイブマン その3
緋色家の住家は、堅吾が結婚したときに購入したため、木造の和風住宅である。古くなった畳や障子の張り替えは昔からしていたものの、トイレの改修工事を行ない、和式から洋式に変えたのは最近になってからのことだった。
それは堅吾がずっと洋式に変えることを反対していたからである。しかし、緋色道場にも若い門下生が増え、緋色家のトイレを貸したときに不満を持つ者も多かったのだ。
無論、古きを重んじる堅吾は「そんなことで不満を言う奴など、我が道場の門を潜らなくてもいい」と憤慨していたが、それを宥めたのが堅悟の息子である優であった。「“そんなこと”で門下生を減らしてしまっては、教えを伝える相手がいなくなってしまうのではないか」と。
そんな経緯があってトイレだけは洋風になったのだが、やはり外装からは伝統的な雰囲気を感じさせていた。そして、そこから漂う匂いもやはり伝統的な日本料理のものであった。勇気の母、緋色真実(ひいろまなみ)が作った肉じゃがの匂いである。そして、食卓にはそれを頬張る少女がいた。
「もきゅもきゅ。それにしても、やっぱり美味しいですね。おばさまの肉じゃが」
「あらあら、嬉しいわ。それにしても、よく食べるわね、愛ちゃん」
「はい、育ち盛りですから。私はこれからビッグになる女です!」
そんな和やかな雰囲気のする食卓。勇気はそこへやってきた。
「あれ、今日は肉じゃが? ……というか、愛ちゃん。相変わらずいつの間にか人んちにきてて、普通に晩御飯食べてるよね」
「む。現れたニャ、ブレイブマン! にゃはははは、今更来ても貴様の分の肉じゃがは存在しないのニャ! 故に貴様は栄養失調になって餓死する運命なのニャ!」
「くっ、なんてことだ。まさか兵糧攻めにしてくるとは、考えたな、地獄のミャーコ!」
「くっくっく、私はこのまま貴様の家の食料を全て食い尽くしてやるのニャー!」
そして、いつものように始まるヒーローごっこ。愛や勇気はもちろん、真実もこのノリにはもう慣れっこである。
「あら、そんなにお腹が空いてるのねえ……。だったら、グリンピースの入った肉じゃがでも食べられるわよね?」
「え。いや、グリンピースだけはちょっと……」
真実による突然の攻撃(――口撃と言うべき?)によって当惑し、愛は一瞬素に戻った。
「ぐぬぬ……、あれだけはどうしても苦手なのニャ……。なんなのニャ、あのぷつぷつは。あの気持ち悪い食感だけはどうにも好きになれないのニャ。さすがブレイブの母、私の弱点を知り尽くしているのニャ!」
「ウルトラの母みたいに言うなよ」
「あいつもあれで時速600キロで走りマッハ10で飛ぶ恐ろしい奴ニャ。多分ウルトラ一族はサイヤ人以上の戦闘民族なのニャ」
「でかさで言っても、常に大猿化してるようなものだしなあ。……って話がずれてるぞ、地獄のミャーコ」
「賑やかなのもいいけど、食事中はあんまりふざけないようにしてね、二人とも」
「「あ、はい。すみません……」」
勇気と愛の声がハモった。真実に叱られた勇気はおとなしく席につき、食事を摂り始めた。まあ、二人はいつもこんな感じなのである。見ての通り、非常に仲がいい。
真実はときどき茶化すように(半ば本気で)「二人はいつ結婚するの?」と言っているが、彼らはまだ中学二年生なのであった。まだまだ青春真っ盛りだ。
「ねえ、勇気くん。お爺さまはもう道場にいるの?」と素のままの愛が尋ねた。
「うん。いつも通り。精神を集中させるために早めに道場に行って、今頃は瞑想でもしてるんじゃないかな」
「そっか。そろそろ他の門下生の人たちも来る頃だろうし、食事を済ませて行かないと。ということで覚悟するのニャ、ブレイブマン! 今日こそは貴様をぶっ倒すのニャ!」
「いいだろう、受けて立ってやるぞ、地獄のミャーコ! そして必ず勝つ。正義のために、俺は負けるわけにはいかないんだ!」
とは言え、彼らがやっているのは伝統派空手、――いや、寸止め空手である。一応、防具をつけているとは言え、男女間で直接拳を当てるわけにはいかない。
男子同士では拳を当てることもあるが、その場合、勇気の相手は同年代の男子だけである。女子の場合は、そもそも型だけを学ぶことが多く、愛のように実戦で学びたがる女子は緋色道場では他にはいない。
故に、愛の実戦相手は勇気だけということになるのだが、それも寸止め空手である。そのことを愛は不満に思っているのではないかと勇気は思う。しかし、はっきりとは分からない。ただ一つ言えるのは、愛も勇気と同様に熱心に空手に励んでいるということである。
作品名:超絶勇者ブレイブマン その3 作家名:タチバナ