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ねこかもしれない

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その懸念は、高2の夏にピークを迎える。

(俺は、猫かもしれない)

 洗面台に立つ自分、鏡に写る姿、どうみても人間、男。

 友人とTVゲームで盛り上がる――猫じゃらしで遊んだりはしない。

 好きな子は、三組の村上さんだ――毛並みの美しい洋猫に発情したりはしない。

 「朝は、晴れ立てたのにぃ!」と傘を忘れてしまう事も多々ある――雨を予見して、顔を撫でたりはしない。

 以上の習性を鑑みるに、俺は猫ではないのだろう。猫であるはずがない……はずがないのだ!

 しかし、一向に妄執は消える気配もなく、俺を苛む。

(俺は……猫?)

 自分でもどうしてそう思ってしまうのか分からない。見当もつかない……でも多分、俺は猫だ。

「ンミャー」

 鳴いてみた。

(猫に聞こえる……気がする)

 台所に侵入して、こっそり鰹節を食べてみた。

(……デリシャスだ)

 この2点の事例からしても、俺が猫である確率はかなり高いと言わざるをえない。これは客観的事実である……悲しいけど、俺は多分猫なんだ。

 「俺は人間だ」と胸を張って生きていきたい。それができれば、どんなにか毎日充実した生活が送れることだろうか……しかし、今の俺は、胸張るどころか、背を猫のように……猫背に丸めて、「俺は猫かも」という疑念を、まるで毛糸球のように頭の中で転がしている――いつまでも、取り留めもなく。それが、この夏の命題――俺=X X=猫 俺=猫?

 いや。

 ひょっとしたら俺は、猫では無いのかもしれない。しかしこれだけは認めざるを得ないだろう。

(俺は、ネコ科の動物である)

 猫でなくとも、その近縁種である事は間違いない。動物図鑑においては、猫のページの前後2~3ページ以内に、俺は載っているはずだ。

(それだけ分かれば十分だ)

 俺は猫的存在なのだ……

 こんな風に自分勝手に決め込んで納得してしまう俺を、人は嘲笑うだろう――確たる証拠もないのに、自分を猫、または猫の近縁種と決めつけて塞ぎこんでしまっている高校生の俺を見て、精神科医でもないくせに、「あぁ、コイツは精神を病んでいるだな」と、決めつけることだろう。

(勝手にほざいてろ!)

 俺の悩みは、俺にしか分からない。俺が猫である事を確信するに至った経緯、またそうであると実感している感覚は、俺にしか分からないのだ。

 俺は「にゃーん」と一声鳴いて、この体から飛び出してしまいたかった。エクトプラズムでも霊体でもなんでもいいから、名実共なう猫のビジュアルに成り果ててしまいたかった。しかし俺は人間……心はこんなに猫なのに、見た目だけは人間そのものだなんて……あんまりだ。残酷すぎる。

 猫宣言!

 してしまおうかと思った事もある。しかし止めた。

「あ、俺、実は猫なんで、そこんとこ宜しく」

 と言った所で、誰も俺を猫扱いしてはくれないだろう……キチ○イ扱いはしても。

 種同一性障害

 自分でつけた病名だ。

 例えば、肉体は男性なのに、心が女性な症状を、性同一性障害と呼ぶのならば、肉体は人間、心は猫なこの俺は、種同一性障害、いや猫同一性障害と言ってもよいだろう。

(疲れたよ)

 生きることに――本当は猫なのに、人間として生きてくことに、俺は疲れ果てたよ。猫かぶっているわけではなく、人間をかぶっている自分に、自分の人生に、ほとほと愛想が尽きた。

「死のう」

 つぶやいた。

(猫も自殺をするのだろうか?)

 分からない。

 しかし現にこうして、猫である俺がそういった衝動に駆られているわけであるから、猫もきっとそうなのだろう。演繹法だ――猫だって死にたくなる事もある。

 俺は誰にもサヨナラ告げずに、オーソドックスに生を終えることにした。

「んにゃ、んにゃ、んんにゃああーーーーーーーん」

 いち、にの、さんを猫風にカウントして、俺は五階建てのマンションの屋上から飛び降りた。

 そして……

 しゅたっ

 見事着地した。
作品名:ねこかもしれない 作家名:或虎