しいたけ
俺はしいたけが大嫌いだ。
あのヒダヒダ、口に入れたときの感触、あの味、すべて大嫌いだ。
それが、目の前にある。
薫のばあさんが作ってくれた、お雑煮の中にある。
他にも、鶏肉、かまぼこ、ほうれん草、にんじんなどが入っている。
それはまったくかまわない。
なのに、なぜしいたけが入っているのだ。
「重孝さんの口に合えばいいけどねー?」
はばあ…知ってて言ってるのか、それ。
今にも首根っこを掴んで、しわしわの顔を揺さぶりたい感情に迫られた。
「あ、あの…おばあちゃま、重孝さんね…いたっ」
俺の弱点を、ばばあに告げ口しようとした薫の足を軽く踏んだ。
薫が軽く俺を睨んだ。
ゆっくりとまず鶏肉から口に入れた。
鳥の胸肉だ。
どちらかといえばモモ肉のほうが好きなんだが、文句は言うまい。
煮汁がしみこんでいておいしい。
薫は、ちらちらと俺のほうを伺いながら、雑煮を口にしている。
ばばあも、じっと俺の箸の行方を観察している。うざい。
父親は、餅を口に入れている。
それをばばあの口に突っ込んでしまえと思った。
餅、かまぼこ、ほうれん草、にんじんを、ゆっくりと順番に口に運んでいく。
「重孝さん、そろそろ東園の方にも挨拶に行かないと…」
助け舟のつもりなんだろう、薫が俺の碗に残りつつあるしいたけを気にしながら言った。
「おや、まだしいたけが残ってるよ、重孝君」
それをいったのは、ばばあではなく、事もあろうに薫の父親だった。
「もしかして、しいたけ嫌いなのかな」
畳み掛けてくる。
『うるせえ!』
と、もう少しで口に出しそうになった時。
「ち、違うの!私がしいたけ大好きだから、残してくれたの。ね、重孝さん?」
と、薫が言いながら、横から俺のしいたけを碗から取り出し、自分の口に入れた。
「いつもね…もぐもぐ…天ぷらでしいたけが出ても…もぐもぐ…私にくれるの」
「こら、薫さん、お行儀の悪い。食べながら、しゃべるものじゃありません」
薫…今すぐ、お前を抱きしめたい。
抱きしめて、その辺りに押し倒して、思いっきりお前を食べてしまいたい。
そう思ったら、すぐに行動に出てしまっていた。
薫の腕を引っつかんで
「行くぞ」
と、挨拶もそこそこに、家を出て、車の助手席に押し込んだ。
俺の実家に行く前に…まずはホテルに向かう。
そこで思いっきり、薫を堪能する。
あいつの唇に口づけをしたら…
あいつの甘い吐息に混ざって、しいたけの味がした。
もしかしたら、しいたけ、こいつの口移しで食べさせてもらったら、俺も大丈夫かな…と思った。