ファンタジーダイブ・シミュレーション
寝ているベットの横にある窓から、幼馴染の白鳥飛鳥が顔を出している。
昨日はサッカーの練習が遅くまであって非常に疲れているので寝かせてもらいたい。
大体今日は土曜日だ。
布団を被りなおすと更にやかましさを増した声が降ってきた。
「なに2度寝しようとしているんだよ! 起きろ総司!」
枕元に置いてある時計を見てみる。
ありえない、まだ7時じゃないか。
なんで休日に早起きなんかしないといけないのだ。
「起きろ起きろ起きろ~! 早く起きないと直接――」
余りのうるささに、視界の隅にあるメニューを操作して停止ボタンを押した。
途端――世界は色を失い全ての動きを停止した。
今にも部屋に上がりこんで来そうだった幼馴染も、規則正しく時を刻んできた時計も、切り取ってきた写真のように動かなくなる。
もうこのシチュエーションはうんざりだ……なぜ幼馴染というキャラは勝手に窓をあけるのだろうか。
4作中3作がこの始まりというのは日本の恋愛漫画はどこに向かっているんだ。
メニューを操作して、現在進行している物語に一覧を表示させる。
格闘 4
スポーツ 2
恋愛 3
やはり格闘漫画に戻って早く能力を取得したほうがいいのではないかと考えた。
しかし最終章まで進んでみたものの、バッドエンドを回避する方法が思いつかない。
そのためにヒロインとの仲をよくすると鍵になると聞いて、恋愛テクを磨くために恋愛漫画にダイブしたのだけど、こうも同じシチュエーションだとさすがに胸焼けが酷い。
メニュー画面を操作して現実世界の時計を見てみる。
時刻は午後6時半を回ったところだ。
夕食が7時の予定なのでそろそろログアウトしなければいけない。
最後に、窓から顔を出している現実には存在しない幼馴染、白鳥飛鳥を見て感嘆する。
「本当に凄いよな《FDS》ってのは」
メニュー画面からログアウトボタンを選択し、現実に戻る。
“漫画やゲーム、アニメの主人公になってみたくはないか?”
それは誰もが思い描いていた夢。
お気に入りのアクションゲームや、涙無しでは読めない恋愛小説。
“俺ならこうして救ってみせる” “私ならこんなこと言わないわ”
本筋を外れるようなifのストーリーを読者自身が想像する。
人々は叶わない夢に想いを馳せて、妄想に耽ているのだ。
しかしある企業の絶えることのない技術努力の結果、妄想は現実のものとなる。
2059年――高度に発達した仮想空間技術、バーチャルリアリティは遂に全身の投影を可能にした。
それは現実の延長線上に位置し――普段、体を動かすのと同じ感覚で空想世界を旅することができるのだ。
全身投影デバイスを開発したのは、仮想現実技術においては他の企業と一線を画す《ソルノイド社》。
「夢はその手に」
をスローガンに掲げるソルノイド社は日々技術革新に尽力してきた。
開発された全身投影デバイス《BodyProjectDevice》、通称《BPD》はまるでヘルメットのように頭部を包み込む形を取っている。
内側に内臓されている信号素子で脳に信号を送り、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感を擬似的に再現するように送られた信号は人々をその全身ごと仮想空間へ誘った。
妄想を現実に、その体験は多くのユーザーを深く魅了した。
このBPDを用いる様々なゲームタイトルが発売されたが、世界中の人々を一番虜にさせ、3度の食事や睡眠を忘れるくらい没頭させたのが、今俺がやっている《ファンタジーダイブ・シミュレーション》だ。
このゲームは用意された物語を旅するという既存のジャンルにありながら、今までにない観点を持っている新規のジャンルでもある。
その最大の特徴は“既存の漫画やゲーム、アニメの主人公になれる”という点だ。
漫画家や小説家、ゲームクリエイターが心血を注ぎ込んで完成させた作品の主人公の追体験が可能であり、自身の行動によっては物語自体を変えることができるのだ。
漫画の中では死んでしまうキャラクターを助けたり、ゲームの中では倒せなかった敵を倒すことができる。そうした本史を外れてしまっても物語は続く。
高度に組まれたアルゴリズムが物語とユーザーの調整を取り、自動再構築を行いながら話を紡ぎだしていく。
結果、少年時代に熱中した物語の追体験を行ったり、ストーリーの展開に納得いかない読者自らが物語を作っていく感覚がクセになり、世界中で大爆発を起こしたのだ。
そしてこの《ファンタジーダイブ・シミュレーション》、《FDS》の面白いとシステムとして《クリアした物語のキャラクターの能力や持ち物を他の物語に持ち越せる》といったものがある。
例えば大人気格闘漫画、《アクセルバースト》をFDSでクリアし、体を加速させる《アクセルバースト》といった能力を得たこととしよう。
例えばそれをバスケット漫画、《ダンクアライブ》で使用することが可能なのだ。
漫画の中では予選1回戦で負けてしまう主人公チームだが、持ち越した能力、《アクセルバースト》を用いることによってダンク量産で勝ってしまうといったことが可能になる。
例えば恋愛ゲームに持ち越し、交通事故がきっかけでヒロインと出会うはずが、迫りくるトラックを能力でかわし怪我をせず、恋愛ゲームにならないといったこともできてしまう。
その時点で恋愛漫画として物語は成立してしまうわないのだが、アルゴリズムがその漫画に出てくるヒロインやサブヒロインに出会うように再構築されるのだ。
あくまでもジャンルを逸脱しないように設定されている。
その混沌とした世界の中にもルールに沿うように作りこまれたゲームシステムも世界中で人気な理由だろう。
物語をクリアしたらといったが本筋から外れた物語のクリア条件はわからない。
そこはコンピューターが外れたエンディングを用意している。
1度本筋から外れてしまったら物語に戻れるように修正をかけるか、突き進んで自分だけのエンディングを見つけるしかないのだ。
ログアウトした俺は頭部につけていたBPDを外し、先ほどまで体験していた恋愛漫画、《シュート》の攻略法を考えていた。
朝から幼馴染に起こされるというシチュエーションはこれで3回目だ。
これの対処法はすでにわかっている。
おそらくこの幼馴染か、転校してくるヒロインがメインヒロインだからどちらを落とそうか……、などと考えていたら腹の虫が鳴き出した。
今日は朝からFDSに潜りっ放しであったので腹と背中がくっつきそうだ。
高校生の身のありながら一人暮らしをしていると自由があっても不便極まりない。
今日はカップヌードルで済ませるとするか。
高校2年生、相馬総司の日曜日はこうして過ぎていくのであった。
作品名:ファンタジーダイブ・シミュレーション 作家名:会長