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何度でも、あなたに恋をする~後宮悲歌~【完全版】

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 ソンドンの死の理由について考えていたときだけに、思いがけない言葉は明姫を烈しく動揺させた。
「それは、どういう意味なの?」
 何故か胸騒ぎがして、明姫はユンの整った面を凝視した。
「まさかソンドンは九年前の事件が原因で亡くなったとでも?」
 満更、あり得ない話ではないと思った。現にソンドンは亡くなった父と同様、捕盗庁の官吏だったのだから。
 ユンの顔に微苦笑が浮かぶ。
「やはり、そなたは可愛らしい外見とは裏腹に鋭いな」
 明姫は知らず勢い込んでいた。
「ねえ、教えて。ソンドンは何故、亡くなったの? 領相大監に殺されたの?」
 夢中になっていたために、明姫は自分がまたしても重大な失言をしてしまったことに気づかなかった。
 ユンが綺麗な瞳を細めた。その切れ長の双眸には見たのことない剣呑な光が宿っている。
「明姫は何ゆえ、この事件の黒幕が領議政だと知っている?」
「それは―」
 口ごもり、視線を泳がせた。
「九年前といえば、そなたはまだ六歳の幼子だった。そんな幼い女の子が世間を騒がせたあの怖ろしい事件を知っているというのもおかしな話だけど、更に、その黒幕が領議政だと確信を持った言い方をするのはますます妙だ」
「あ、私―」
 しどろもどろになった明姫を見て、ユンが少し淋しげに笑った。
「良いよ。別に私は明姫がどこの誰かなんて、気にしない。今日、そなたは私に言ったね。私の正体を暴くつもりはないって。ならば、私も同じ科白をそなたに言おう」
 ユンはやるせなさそうな顔で明姫を見つめていたかと思うと、また訥々と続けた。
「ソンドンの死については、明姫の想像どおりだ。二年前、彼が突然、こんなことを言い出した」
―九年前のあの二つの火事は、どう考えてもおかしい。
 当時、ソンドンは二十六歳になっていた。九年前といえば、ソンドンはまだ官吏にもなっていない。少年にすぎず、あの不審火で亡くなった長官や副官とはまったく面識もなかったのだ。
 しかし、火事で亡くなった長官と副官はともに剛胆で知略に富み、任務と国王殿下への忠誠のためには生命をも惜しまなかったと捕盗庁の役人たちの間では伝説の英雄として語り継がれていた。
 若い下士官たちの間では、殊に憧れの対象として崇められていたのだ。そんな背景もあってか、ソンドンは九年前の事件について極秘に個人で再調査を進めていたのだそうだ。
 その話を打ち明けられた時、ユンは真っ先に止めた。
―止した方が良い。あの件は取り調べも終わり、偶然、同じ夜に起こった火事として片が付いている。今更、あの事件について蒸し返すのは、そなたの身に危険を及ぼすだけだ。
 誰もが訝しみながらも、時の権力者の威光の前に口をつぐみ、闇から闇へと葬り去られた事件だ。たかだか一介の下級官吏に何ができるとも思えず、かえって目障りだと消される可能性があった。
 しかし、ソンドンはユンの忠告を受け容れず、単独調査を進めていた。それが、領議政の耳に入らないはずがなかった。
「それでソンドンは殺されたのね」
 明姫が言うと、ユンは頷いた。
「九年前の事件は今も禁忌だ。ソンドンは、その禁忌に触れてしまった。私は自分がつくづく情けない。どうして、ソンドンをもっと強く引き止めなかったのだろうかと今でも後悔ばかりだ」
「あなたのせいじゃないわ、ユン。九年前、誰もが明らかにおかしいと思っても、領相大監を糾弾することはできなかったのよ。そして、それは国王殿下でさえ同じだった」
 幾度、顔を見たこともない国王を恨めしく思ったか知れない。王命によって隠密裡に動いていた最中、長官も副官である父も生命を失ったのだ。なのに、国王は我が身可愛さに動こうとはしなかった。
 領議政に真っ向から刃向かえば、今度は自分も消されると怖れたのかもしれない。あの時、どれだけ思ったことか。無念の死を遂げた父や巻き添えになった母や弟、多くの奉公人たちの罪なき生命のためにも、国王自らが立ち上がり、領議政の罪を暴いて欲しいと。
「そうだ、いちばん不甲斐ないのは国王なんだ! でも、言い訳のように聞こえるかもしれないが、先の国王が動かなかったのは何も保身のためではないんだよ」
 ユンが静かな声音で言った。
「先王はこれ以上、犠牲者を出したくなかったんだ。明姫、あの火事は領議政からの警告であることは間違いないが、二つの意味があった。一つは、また妙な気を回して嗅ぎ回ったら、今度は国王自身の生命もないぞという脅し、二つめは、王命によって事件を暴こうとした者たちがまた犠牲になる―、その二つの警告でもあったんだ」
「確かに、そういう考え方もできるわね」
「あの時、王は徹底的に闘おうと思えば闘えたはずだ。けれど、そのためには確実に大量の生命が失われただろう。事は王ひとりの生命だけで済む問題ではなかった。だから、王は血の涙を呑んで口を閉ざし、領議政を糾弾しなかった」
 ユンの表情は苦渋に満ちていた。
「でも、今の国王は違う。今の王は本当に情けない国王だ。母后や領議政たちにとって、若い国王はただの傀儡にすぎないからね。王も血の繋がった伯父や母親だから、手荒いことはできない。その上、中殿は領議政の娘で、領議政は伯父であると同時に舅にもなる。あいつらは血縁という見えない鎖で国王を縛り上げ、身動きさせないつもりなんだ。その中、中殿が王子を生めば、王をさっさと殺して襁褓の取れない赤児を王に立てるつもりだろう」
 唾棄するような言い方に少し違和感を憶えないではなかったが、それよりも、明姫はユンの切迫した様子の方が心配だった。
「あなたの憤りも判るけれど、それは仕方のないことだと思うわ。今の国王殿下はまだお若くていらっしゃるもの。先の父王さまが薨去され、ご幼少で王位につかれたでしょう。即位されたとはいっても、大妃さまが垂簾の政を行われ、更にその背後で現実に政治を動かすのは領相大監だったから、国王殿下の出る幕はなかったはずよ。長い間、政治を我が者顔で動かしてきた領相大監が成人された殿下にはい、どうぞという風にあっさりと権力を手渡すなんて考えられないし、今度は搦め手から若い国王さまを取り込もうとするのは当たり前。その手段として、ご息女を殿下の後宮に送り込んだ」
 ユンが笑った。
「明姫は女にしておくのは惜しい人材だな。その愛らしい顔で、どうしてそんなことを考えられるんだ?」
 明姫は得意げに胸を反らした。
「これでも苦労人ですから」
 ユンが吹き出した。
「本当に変わった娘だな、そなたは」
 明姫は真顔になった。
「だから、今はまだ国王殿下をそっと見守ってあげて。あなたたち若い朝廷の臣下が同じ世代の国王さまと次代の朝廷を作って動かしてゆくのよ。私は宮殿の奥深くにいらっしゃる国王さまのことなんて知らないけど、お若いのにご英明であられると女官たちも噂しているわ。きっと、いつまでも領相大監の言いなりなってばかりでもないと思う」
「そうなのか? 国王が英明だと女官たちの間で噂されているのか?」
 何故か嬉しげなユンに首を傾げながら、明姫は頷いた。