感触
親しい人も見つけた途端、それはもう全く遠慮することなく全力で駆け寄って勢いよく抱きつく。
先輩にも抱きつく。
ちょっとだけ手加減して、後ろから腰に腕を巻きつけて背中に頬を摺り寄せる。
まるで猫みたいだ。
後輩にも抱きつく。
正面から腕を広げて、腕の中に納まった後輩の頭をぽんぽん撫でながら可愛いなあと笑みをこぼす。
そして、
抱きつくのが癖である彼女は、親友である私に抱きついたことは一度もない。
ぎゅうっと力いっぱい相手を抱き締めている様子は、傍から見てると少々暑苦しい。
そうでなくても、彼女の体温が高いということを私は知っているので、特に夏場に彼女と遭遇して抱きつかれた相手はたまったもんじゃないだろう。
冬場は人間カイロとして重宝しているようだが。
本気で拒否されない限り、彼女は抱きつくのをやめない。
大抵の人は苦笑いしながらも彼女の行為を許してしまう。
そしてそのうち彼女に抱きつかれることに慣れ、抱きつかれないと物足りなくなってしまう。
彼女と遭遇したとき彼女が抱きつかないと「あれ？今日どこか調子悪いの？」などと心配されるのはきっとそのせいだろう。
そうやってみんな、彼女に感化されていくのだ。
私はその様子を隣でじっと見るだけ。
そのノリに乗っかって一緒に抱きつくことも、暑苦しいと苦笑いすることも、やめろと彼女を止めることもしない。
ただじっと見つめているだけ。
彼女も何も言わない。
他人に抱きついた後は何事もなかったかのようにしれっとした表情のまま隣に戻ってくる。
彼女は決して、私に抱きつくことはない。
それが何を意味するのか、私は分かっているけど分からないふりをする。
そうすることが一番だと知っているからだ。
彼女のためにも、自分のためにも。
彼女も同じだ。
私のことなど見えていないふりをする。
見えていないのだから抱きつかなくていい、見えていないのだから抱きつけないのは当たり前だ。
知らないふりをすることで、ふたりで真実に蓋をするのだ。
見えているのに触れないという真実に、
隣にいるのに声が届くことはないという真実に、
彼女の隣にいる私は、既にこの世から去っているという真実に。
これが一番いい方法、一番つらくない方法だから。
だって、見えているのに触れないなんてそんな真実、受け止めたくないでしょ？
だから今日も彼女は他の人に抱きつく。
まるで私に触れない分の鬱憤を晴らすように、
抱きついているときの苦渋に歪んだ顔を相手に見られないように、
力いっぱい抱きつく。
そして私はそれをじっと見る。
彼女に抱きつかれたのは自分だと想像しながら、
彼女に抱きつかれたらどんな感触なのだろうと想像しながら、
その光景を目に焼き付ける。
どうか、私が消えないうちに。