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あっさりいきたいときもある(12/2編集)

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カチャと薄い硝子の音が響いて、歌留多(かるた)は眼を薄く開いた。コップか皿か、そんな感じの音だ。
 気だるい躰は如何も自在に動かず、歌留多はその歯痒さに苦笑すら零して。そう言えば、熱が出たんだったか。まるで他人事のように遠くで考え、力無く頭を下ろした。
 物音がしたと言うことは、誰かが居るという事実に集約する。そのまま静かに、眼を伏せた。
 カチャとまた硝子の音が響いた。暫く前のような、ついさっきのような曖昧な時間を挟んで。前にも聴こえた音が、今は耳元で響く。その感覚に、歌留多は長い睫毛を少しだけ上げた。

「ん……」
「すみません。起こしてしまいましたか?」
「…………」

 眼の前には、アッシュローズの色。
 六月になったばかりだと言うのに。既に、真夏日と呼べる気温に達している週末。急激な変化に平生の疲労を加えて、歌留多は久々の休日に体調を崩した。

「調子悪いようですね?」

 グッタリとソファに寝転がる様子が痛々しく、流石に心配せざるを得ない寿兵(じゅひょう)。柔らかな声で問う言葉に、歌留多は気だるそうに持ち上げた手をパタリと下ろす。

「……憂鬱なだけ」
「早速夏バテですか?」

 苦笑しつつ言うものの寿兵の表情は嘲笑や揶揄と言ったモノを一切含まない。隠そうにも隠れぬ懸念の色が、溢れていた。その顔は、歌留多の方が苦笑を零す程。

「いつものことよ」
「お昼ご飯、どうします?」

 食欲が無いと、歌留多は緩く首を横に振る。その返答を少なからず予想していたものの、やはり心配の色が深まる寿兵の顔。
 歌留多はゆっくりと躰を起こして、テーブルに置かれたグラスを手にした。透明な水の入ったそれは、上昇した気温を無視するかのように冷ややかで。喉に流した歌留多の眼を細めさせた。

「何か作るから、食べられそうだったら一緒に食べましょうね」
「……そうね」

 そっとテーブルへ置いたグラスがカチャと硝子の音を響かせて。ああ、さっきの音は此れの所為かと、歌留多は自己完結した。
 カタンと幾分鈍い硝子の音が響く。今日は幾度と聞いた其の音も、少しだけ異なって。カチャと続いた音に、歌留多は緩慢に躰を起こした。

「冷製パスタ作ったんですけど、食べられそうですか?」

 涼しげな透明の食器に盛り付けられたパスタが、歌留多の眼の前に置かれる。
 適度に調節されたパスタの量だとか、きっと薄味に整えられた調味料だとか。小さな気遣いと、その表れとなる料理と。要は、根源となっている寿兵の歌留多への愛情。全てが気だるい躰に染みて、眼を細めさせる要因で。

「貴方、馬鹿よね」
「え? 何ですか、急に」

 言いようの無い気恥ずかしさに、悪言を吐いてみるけれど。結局、冷たい物ばかりをとるのはいけないと新しく注がれた常温のお茶で喉を潤しながら、冷製パスタを口に含む。

「美味い?」
「嫌いじゃないわ」

 最大の褒め言葉と、お礼と、全てを含めて。
 綺麗に食べ終えた食器の横に、銀のカトラリーを静かに置く。その手元が、小さく音を響かせた。