赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (74)
それからたっぷりと天候が荒れ狂うこと、2昼夜。
発達をした低気圧は、ひと時もやすむことなく激しい雨と風を
遠慮することもなく、三国山荘へ叩きつけていきます。
発達した最初の低気圧がようやく通過をした直後、日本海で待機をしていた
次の低気圧が、天候が回復をする隙をあたえず再び東北へと上陸をします。
やがて3日目の朝。飯豊山にようやく快晴の朝が訪れます。
雲ひとつなく晴れ上がった空に現れた太陽が、
濡れた大地をじわじわと温めます。
急激に乾き始めた大地からは、気化熱で霧と化した水蒸気が
一面に立ち登ります。
時刻が7時を過ぎた頃、痩せた尾根の道に2つの
人影が現れます。
ヘルメットにカンテラが装着されている様子から察すると、
嵐の落ち着いた麓を、未明から登り始めてきた登山客のようです。
「おい。早々と早朝からの登山客が、もうここまで登ってきたぞ。
いまの時間帯にここまでやって来るには、
麓を1時か2時に出発をするようだ。
よほど登山を待ちかねていたんだろう。ずいぶんと熱心な登山客だ。
んん・・・・連れのもうひとりは、山には不慣れな女だな。
男の方は登山に慣れているが、女の方は見るからに初心者そのものだ。
歩いている姿だけで、青息吐息の精一杯だ。
あんな状態で、よくここまで登って来れたもんだな。
感心するぜ」
「え・・・・男と女の2人連れ。もしかしたら!」
朝食の準備を始めていた恭子が手を止めると、
慌てて窓の外へ目をやります。
はるかに連なる痩せ尾根の上に、女性をいたわりながら歩く
男性の遠い姿が見えます。
『清子。パパと小春姉さんだ!』いきなり食器を放り出した恭子が、
山荘のドアに向かって走り出します。
『え?』たまの毛づくろいをしていた清子も、慌てて立ち上がります。
放り出されたたまが2転3転をしたあげく、コロリとこけて
土間に落下をしてしまいます。
『イテテ。乱暴だな清子は。なんだって、パパと小春が
ここまで登ってきたって?』
庭へ飛び出した恭子が、遠い人影に向かって手を振り始めます。
猛烈な勢いで飛び出してきた清子は、あっというまに恭子の横をすり抜けると、勢いを保ったまま痩せた登山道を、小春に向かって突進します。
喜多方の小原庄助に手を引かれながらやっとの思いでここまで歩いてきた
小春が、清子の姿に気がついて、笑顔で立ち止まります。
小春が大きく手を広げる前に、清子が猛烈な勢いで小春の懐に飛び込みます。
『怖かったァ~』、あとは涙があふれてきて、
まったく言葉になりません。
かじりついてくる清子を、小春がやさしく抱きしめます。
次から次へとあふれてくる清子の涙を、小春が指先でひとつずつ
丁寧にぬぐいます。
恭子は、近づいて来る父親を、静かに山荘の庭で待ち構えています。
『私はパパの胸には、飛び込みません。清子のように子供じゃないもの』
ふふふと笑い始めた恭子の笑顔も、いつのまにか
固まってしまいます。
「頑張ったんだってなぁ、お前。偉かったぞ・・・・」
パパの手が、恭子の髪に触れた瞬間、不覚にも涙が恭子の頬を伝います。
『泣くつもりなんか、全然なかったのに』とつぶやく恭子の声が、
パパの胸の中で途切れて消えていきます。
「難儀だったでしょう。
朝早くからのここまでの登山の道は。
初めまして。この山荘を任されている管理人です。
この幼い子どもたち2人の、冷静な行動と、勇気を褒めてやってください。
無事でいられたのは、この子らの正しい決断の結果です。
不安に耐えながら、あの場所から動かず救助を待った選択は
たいしたものです。
たいていの大人が、不安からパニックになるというのに、
この子達は、不安と正面から堂々と向かい合い正しい対処をしました。
助かるための唯一の選択を、きちんと成し遂げた
この子達は見上げたもんです。
さすがに、あなたたちのお子さんです」
のそりと現れたたま見つけて、管理人が抱き上げます。
「そういえば、もうひとりの立役者がこの小猫です。
彼も勇敢でした。2人のピンチを知らせるために、
嵐の中を私の山荘まで、必死に歩いてきました。
この子猫の勇気も、ついでに褒めてやってください。
あ・・・・いつまでも立話ばかりではなんですねぇ。
どうぞ、山荘の中へ。
朝早くから、はるばると登ってきていただいたお2人を、
心の底から、山荘にいる全員とともに大歓迎をいたします。
ほら。ごらんください。
嵐の過ぎ去った今朝の飯豊連峰は、めったにない素敵な快晴です。
ようこそ、三国山荘へ。
あらためまして。私が三国山荘を預かっている管理人です」
(最終回へつづく)
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (74) 作家名:落合順平