季節の通り魔
電話を切った。彼女は今、男と別れた。
まだ暑さの残る九月の末に、職場の同僚に誘われて、海岸でのバーベキューパーティーに行った。男とはそこで知り合った。
彼女は男に不自由しない質だった。
自分を恋愛体質だとは思いたくなかったけれど、彼氏ができれば簡単に幸せになれる女だった。
男の名はチヒロと言った。
チヒロの携帯の壁紙が、彼女が好きなロボットアニメのヒロインだった。それがきっかけで親しくなり、連絡先を交換したのだった。
毎日連絡を取った。他愛ない話で盛り上がり、共通点を見つけては二人で喜んだ。
好きな音楽、好きなアニメ、好きな小説、高校時代の部活、持っているパソコンのメーカー。
彼女は、見てくれも頭も良く社交的で女に事欠かなそうなチヒロが、自分にこんなにも興味を持って接することが愉快で仕方なかった。
チヒロのことが好きだと思った。
若い男女の当然の成り行きとして、二人は交際を始めた。
最初は順調だった。
週末はもちろん、仕事が終わった後も、寸暇を惜しんで逢った。チヒロは独身寮、彼女は実家で暮らしていたから、外で逢った。逢えば外泊し、翌朝そのまま仕事に行くこともあった。
しばらくすると、チヒロは仕事が忙しくなった。納期が近いから週末も出勤なんだと言って、クリスマスも別々に過ごした。
趣味がウィンタースポーツだからと、たまに空く週末も彼女より遊びを優先した。
彼女も馬鹿ではないから、ああこれは私に飽きたのだ、と思った。
彼女は独りが嫌いだった。
一人でどこへでも行けるし、部屋の中で静かに趣味に没頭するのも好きだったけれど、世の中の女の子が皆そうであるように、想う男におざなりにされるのは我慢ができなかった。
結局、半年付き合ったけれど、何も分からなかった。
チヒロについて知っているのは、名前と、出身大学と、勤務先。あと血液型。こんなもの、友達だって、職場の上司だって知っている。
その程度の距離でしか関われなかったのに、なにがダメだったのだろう、私は捨てられるのだな、と思うと、彼女は空しくなった。悲しくはなかった。
電話をして、別れたい旨を告げると、チヒロは安心したようだった。
電話越しに伝わる安堵に彼女は少しだけ傷付いて、
「お疲れ様。いい暇つぶしになったよ。おやすみ。また会う日まで。」
と言い捨てて電話を切った。
通り魔にあったような気分だった。
私たちはなんだったのだろう。暇つぶしだなんて、思った事はなかったのに。
コンタクトレンズでいつも渇いている目が潤んで、少し楽になった気がした。