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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (73)

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (73)騎士(ナイト)の称号


 「無事に、2人とも無傷のままで生還したぞ!」

 作業員の2人に背負われて、清子と恭子の2人が姿を見せると
山荘内で待機をしていた登山客たちの間から、大きな歓声が
ドッと上がります。
『よかった、よかった。寒かっただろう。
まずは風呂だ。あったまるのが先だ!』風呂が湧いているから、
まずは入ってもらおうと大騒ぎが始まります。


 ごく一部の例外をのぞき、山小屋には基本的に、
宿泊をする登山客のための風呂やシャワーなどの設備はついていません。
水の貴重な稜線上の小屋はもちろん、谷川沿いの水が豊富な山小屋に
おいても燃料の輸送問題などにより、宿泊客用の風呂は
設置されていないことがほとんどです。
山荘に長期間つめている従業員のために、富士山のように水が
極めて不足している山域を除き、全ての山小屋に併設されています。
そうした場合でも、水の貴重な山小屋や燃料の輸送が難しい山小屋では
従業員の入浴回数さえも制限されています。


 「君たちは特例中の、特別待遇だ」と、ヒゲの管理人が大笑いしています。
お湯を沸かせと命令されていた山荘の登山客たちが、下の水場から
バケツリレーで水を大量に運びあげ、従業員用のお風呂を沸かしながら、
遭難者の無事の到着を待ち受けていたのです。


 「折角だから、2人して存分にあったまってくるといい」と
全員に見送られ、清子と恭子が、従業員用のお風呂へ揃って消えていきます。
当たり前のように2人の後を付いていくたまを、ヒゲの管理人が
『ちょっと待て』と呼び止めます。


 「こらこら。お前は遠慮しろ、男子は禁制だ。
 お前は俺たちと一緒に、こっちで宴会だ。
 騎士(ナイト)たるもの、おなごの尻などは追い回さず、
 デンと大きく構え、悠然と出てくるのを待つのが
 たしなみというものだ」
 
 『なんだよ。その騎士なんとかというのは・・・・』
意味がわからず怪訝な顔をしたたまが、のそりと管理人の膝の上に乗ります。
『騎士というのは、騎乗する戦士のことだ』管理人が、
たまの顔を見下ろします。
『馬に乗るのか?。関連がよくわからんなぁ』
たまが、膝へ座り込みます。


 「中世のヨーロッパにおいて、騎馬で戦う戦士に与えられた
 名誉的称号のことで、そこから派生した階級のことを指しておる。
 日本においても同様じゃ。
 江戸時代に馬に乗り「御目見(おめみえ)」の資格を持つ
 武士の称としても、用いられてきた。
 フランス語ではシュヴァリエ、イタリア語ではカヴァリエーレ、
 スペイン語ではカバジェロと呼び、いずれも「騎乗」のことを意味しておる。
 英語ではナイトと呼び、これは「従僕」も意味している」

 『従僕?。なんだよ、期待をしたのに。
 いきなり扱いが、召し使いの話に急転落かよ。
 身の回りの世話をする下僕じゃ、オイラ、つまんないな』

 「待て待て、悲観するのはすこしばかり早い。
 肝心の話はまだこれからだ。
 お前、レディーファーストという文化を知っているか?」

 『車を降りるときや、椅子へ座るときに、
 淑女を優先的にエスコートするマナーの、あれのことだろう?
 そいつがなんで、ナイトと関係があるんだよ』


 「大有りなんだよ、そいつが。
 レディーファーストの文化を作ったのは、実は中世の騎士たちだ。
 女性の機嫌を取ることが男性の風俗としてはじまったのは、
 ローマ帝国時代と言われている。
 だがこれは、当時の恋愛術や口説きの手法としてのものであり、
 レディーファーストとは直接は関係がない。
 本当のレディーファーストは、騎士階級が生んだ「騎士道』から
 はじまったものだ。
 騎士は12世紀に独立をした階級として定着をし、やがて世襲化した。
 だが長男はともかく、次男や三男に、
 父の家督を継げる可能性は皆無だった。
 主君に仕え、戦功をあげて自分の城を手に入れようとする者が多かった。
 また、裕福な未亡人がいれば近づいて後釜に座ることもあったようだ。
 若い騎士が、主君の妻に恋愛感情をいだくこともあったし、
 主君もまた、家臣の引き止めるためにそれを利用した。
 実利的な動機によるとはいえ、貴婦人に対して奉仕するという
 騎士道の理念がこの頃から、ヨーロッパで成立をした。
 ヴィクトリア朝末期の油絵に描かれた、「騎士の叙任式』では、
 貴族の女性を崇敬する騎士の姿が描かれている。
 お前さんの今日の頑張りも、その騎士道にどこか似たものがあった。
 格好良かったぜ、今日のお前は。
 俺が女なら、一発でお前さんに惚れちまうところだ」


 たっぷりと語り終え、ヒゲの管理人がニンマリと笑ったとき、
お風呂場から『出たよ~、たま』と大きな声で呼ぶ清子の
声が聞こえてきます。
『おっ、清子がナイト様を呼んでいる!』ピクリとヒゲを立てたたまが、
脱兎のように、管理人の膝から飛び出していきます。


 『やっぱり女の色香には、勝てないものがあるようだ・・・・
 いやいや。命懸けで助けた飼い主だ。あいつが有頂天で、
 喜んですっ飛んでいくのも、無理のない話だな・・・・」


(74)へつづく