後姿
人の良いその外見にはまったくもって似合わないのだが、それでもヤツは喫煙者だ。
だが俺のほかに、ヤツが喫煙者だということを知る人間はいない。
本人も自分に似合わないことを自覚しているから、敢えて口外しないでいるらしい。
人前では決して吸うことはない、たとえ俺の前でも一度も吸ったことはない。
というより、俺はたばこが大嫌いなので、俺の目の前では吸うことは俺が許さない。
だが一度だけ、ヤツがたばこを吸う姿を見たことがある。
たぶん本人も俺に見られたことは知らないだろう。
たまたま家の前を通りかかったときだ。
ベランダで突っ立ってる後姿を見かけて、なにしてんだと声をかけようとした。
が、わずかに漂う甘く苦い香りに引き止められた。
また吸ってやがる、ありえねえ!と怒鳴りつけてやるべきか、それとも見なかったことにしてなんとなくモヤモヤしたまま通り過ぎるか、どうしようかと迷っていた。
だがそんな考えは、二度目にヤツの後姿を目にした途端どこかへいってしまった。
ベランダの手摺りに肘を付き、わずかに肩を竦めているいつも通りの猫背。
左手の人差し指と中指の間にたばこを挟んで、時折口元に運び、ちょっとしてから吐き出される煙が宙に消えていく。
右手ではスマホでもいじっているのだろうか、目線は手元のようだ。
いつものにやけ顔からは想像できない、艶やかな雰囲気が漂っていた。
しばらく呆然と眺めていた。
いつも一緒にいたのに、いつもの後姿なのになぜか、今は別人のように感じられる。
程なくして、じろーは火を地面に押し付けもみ消す動作をすると、何事もなかったかのように部屋に戻っていった。
置いていかれたような、でも妙に惹きつけられたような気がして、なんだか複雑な気持ちを抱えたまま帰宅したのを覚えている。
絶対似合わないと思っていたのに。
絶対粋がってる様にしか見えないと思っていたのに。
何となく悔しい、でもそれ以上にいい気味だ。
自分のたばこを吸ってる姿なんてわからないんだろうな、ざまあみろ、と笑ってみたり。
でも、この姿を知っているのは自分だけなんだな、なんて。