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群青

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 アオはソファに寝そべっていた。無防備に投げ出されたその四肢は驚くほど白くて、なんだか少し目が眩んだ。その腕に絡み付くように流れた真っ直ぐな黒髪はしっとりと濡れていて、きっとお風呂上がりなんだろうと思った。横になっているアオのすぐ隣に座って、その顔を深く眺めていると、固く閉じられていたアーモンド型の大きな瞳が開かれるのが分かった。おはよう、僕がそう言うとアオはもぞもぞと動きながら、まだ夜だよ、と呟いた。その骨ばった背中を後ろから抱き締めるとアオはすぐにおとなしくなった。

 アオの体には沢山穴があいていた。ピアスをあけても、それをどこにあけたかすぐに分からなくなってしまうからまた何度もあけなければいけないんだよ。昔アオはそう言っていた。そのせいでアオの体至るところには穴ぼこがあいていた。耳だけでなく指や手首や鎖骨の下なんかにも。僕は新しく出来たであろう首筋にあけられたそれをいじりながら、このままアオが穴をあけ続けたらどうなるのだろうと考えた。けれどそれは解を持たない方程式のように無意味な問題のように思えた。

 痛い、小さく呟いたアオのその首筋の穴からは少し血が滲んでいて、僕はごめんと謝った。背中をさすってやると、アオに痛いのはそこじゃないと不機嫌そうな声で言われたので、首筋のそれに触れてみた。するとそこは驚くほど冷たくて僕は少しだけ怖くなった。まだ痛いの、僕がそう問いかけるとアオはもう痛くないよと笑って言った。首筋に滲んでいた血液は、もう冷えて固まっているように見えた。

 僕はアオのことをあまり知らなかった。ピアスが沢山あいていて、ソファに寝そべることが好き、ということ以外アオに関する情報を持っていなかったし、別に知る必要もないだろうと思っていた。アオは黒髪だったり金髪だったりするし、左利きだったり右利きだったりする。男か女かも分からないし、そもそも人間なのかもよく分からないけど、僕にはアオが人間だろうが人間じゃなかろうかなんだってよかった。ピアスが沢山あいていて、ソファに寝そべっていればそれはもうアオだったのだ。

 次はどこにあければいいのかな、ぽつりとアオは言った。耳にも舌にも指にも手首にも鎖骨にも首にも、アオの体至るところにその穴はあけられていたから僕はなにも答えられなかった。本当はね、アオは続けた。

「わたしのここときみのここに穴をあけて、ピアスで繋いでしまいたいんだよ」

 とんと指差された僕の心臓はとても大きな音で鼓動していたので、その細い指を伝ってこの音がアオに届いてしまうんじゃないかと思った。そんな僕の心配とは裏腹に、アオはケラケラと笑っていた。いつかそんな日が来ればいい、心の片隅で僕はそんなことを思ったけれど、アオが調子に乗ると思ったから口に出すのはやめた。もぞもぞと動くアオの首筋に付けられていたピアスが視界の端でちらついていた。

「ピアスをあけるとね、大事なものが全部この穴からすり抜けて落ちていく気がする。空気とか、風とかだけじゃなくて、感情とか、感覚とか、記憶とか全部。そのことで、私は不完全だということを実感できる。だから」

 穴をあけてしまうんだよ。首筋のピアスをいじりながらアオはそう言った。僕の中の何かが急速に渇いていくような気がした。
 お風呂に入ってくるね、と立ち上がったアオの背中を見送りながら、もう何度目かも分からない長いため息を吐く。ピアスの穴なんかあけなくたって人間はこんなにも不完全じゃないか、そう思ったけどアオが人間かどうか分からなかったから口に出すのはやめた。仮にアオが人間だったとしても、それを伝えたところできっとすぐに忘れてしまう。
 君の穴から零れ出るナニかが僕はひどく怖かったのだ。


 /群青
作品名:群青 作家名:有村 泳