赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (72)
「作業員の2人と、ベテランの源さんと
俺の4人で彼女たちの捜索に行きます。
あとのみなさんはそれぞれ手分けをして、温める準備を
しておいてください。
おそらく彼女たちは、表で長い時間を濡れ鼠になっています。
お湯を沸かす段取りと、暖かい食事の支度などをお願いします。
それから5分ほどでいいですから、捜索隊の出発を待ってください。
悪天候の中を勇敢に歩いてきたこの子猫に、褒美のかつお節をあげたあと、
可哀想だがもう一度、捜索隊の一員として連れて行きましょう。
広大な面積のヒメサユリ群生地です。
この子猫の鼻がきっと、最後の決め手になるでしょう。
なぁお前。ご苦労だが、そいつをたいらげたら俺たちを案内してくれ。
お前の大切な、お姉ちゃん達の2人のところへ」
ヒゲの管理人が、足元を走り回っている太めのオコジョを見つけます。
『おう、こいつを忘れるところだった。ついでに其の辺にある缶詰を
こいつのために開けてくれ。
こいつは近所に住んでいる悪戯小僧だが、
人には慣れている憎めない愛嬌者だ。
こいつにも俺からだといって、褒美をやっといてくれ。』
じゃあ、そろそろ行こうかと管理人がたまを抱き上げます。
ニャアと答えたたまが、オコジョに手を振ります。
『おう。必ず元気で助けだせよ』とオコジョも目を細め、管理人の懐に
抱かれたたまの姿を見送ります。
ドアの外は午後の1時を過ぎたばかりだというのに、すでに落日のような
暗さが一面に立ち込めています。
頭上を覆いはじめた雨雲の密集は、時間とともにさらにその
密度を一段と増していきます。
「本格的に雨が降り始める前に、なんとか見つけだしたいものだな」
「とりあえず、あの子達と行き会った場所までは俺たちが先導をしょう。
その先はどっちの方面へ行ったかは不明だが、語らいの丘周辺なら
ヒメサユリが満開だと説明をしておいたので、
たぶん、そっち方面へ足を伸ばした可能性が高いと思う」
「あのあたりは、谷へ向かっての急斜面が多い。
下手に身動きなどをせず、どこかに退避してくれていると有難い。
いずれにしても、前の見えないこの濃密なガスは、慣れているはずの
俺たちにとっても難敵だ。
はぐれないように声をかけ合いながら、慎重に前進していこう」
捜索隊の4人が、尾根の道から語らいの丘へ続く登山道へ入り込みます。
足元の草は、細かい水滴をたっぷりと含んでいます。
濡れた草の葉は、登山者が少しの油断をしただけでその足元を滑らせます。
ヒメサユリの匂いが濃密に漂いはじめてきた地点で、管理人が
たまに声をかけます。
「お前。ここらあたりから、お姉ちゃん達の匂いがわかるかい。
少しでもいいから、お姉ちゃん達の匂いを感じたら、
その場ですかさず鳴いてくれ。
ここまで来たらお前さんの嗅覚だけが、俺たちの唯一の道案内になる」
なぁ、お前なら出来るだろうと、管理人がたまに頭を優しく撫でます。
しかし語らいの丘周辺の気象状態は、時間とともに悪化の
傾向を強めていくばかりです。
濃密なガスの密集は、空気の動きとともに絶えず向きを変えます。
風の流れが変わるたびに、濃密な塊りが右に左りにと押し流されていきます。
頭上から降下してくる暗闇とともに、遠方に聞こえていた雷鳴が
激しく轟くたびにその距離を詰めてきます。
懸命に2人の姿を探している、ヒメサユリのこの語らいの丘周辺へ、
まもなく強い雨とともに到着をしようとしています。
「4人一緒では、ラチがあかない。
少しばかりお互いの距離をおき、広めに展開をして幅広く探そうか」
「いや。効率は悪いが今のままで行こう。
下手に散開したりすると、今度は俺たちがはぐれる危険性がある。
お姉ちゃん達が近くにいれば、必ずこの子猫が反応をみせてくれるはずだ。
それ信じて、足元に気をつけながらこのまま前進しょう」
「このあたりから、ヒメサユリが満開の語らいの丘はずだ。
お~い、誰かいるか。助けに来たぞ。居るなら俺たちに返事をしてくれ。
救助に来たぞ~」
「お姉ちゃ~ん.たち、居るかぁ~。山小屋のヒゲオヤジだぞ~。
子猫と一緒に、お前さんたちを救助に来たぞ~」
くるりと風が向きを変え、谷底から吹き上げる風に変わったとき、
たまの小鼻が、かすかに香る清子の匂いを嗅ぎ分けます。
嬉しそうな瞳とともに、ニャァと鳴くたまの歓喜の声が管理人の胸で
大きく響きわたります。
「おっ、嗅ぎ分けたか、さすがだ。でかしたぞ、お前!」
たまの歓喜の全身が、管理人の胸からいまにも飛び出そうと暴れます。
飛び出されては面倒になると、ヒゲの管理人が必死の思いで
たまを押さえ込みます。
「待て待て、はやるな、慌てるな。暴れるな。
慌てて駆け出すんじゃない。
必ずお姉ちゃん達を救助してやるから、お前さんは
焦らずに、お姉ちゃん達の所まで確実に案内をしてくれ。
こら!。わかった、わかったから、俺の手に爪を立てるんじゃない。
イテテ。この野郎。歓喜のあまり俺の手に思いっきり噛み付きやがった!
・・・・まいったなぁ、もう。
おい。救助の時に猫を使うのは、もう今回限りにしょうぜ。
このまんまじゃ猫に噛まれ過ぎて、いまに俺の手が
ボロボロに壊れちまうことになる!」
(73)へつづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (72) 作家名:落合順平