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夢の運び人 17

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夢の運び人はベッドで眠る女性を見ていた。
 心地よさそうなその寝顔はまだ若く、長くつややかな明るい茶色の髪が印象的だ。
 そのすぐ隣ではうつ伏せで寝る女性と同じく、ベッドの上で目を閉じている犬がいた。つややかな茶色の毛並みでやはりうつ伏せで寝ている。
 一人と一匹は、同じベッドで同じ体制で更には同じ毛色で寝ていた。
 そんな不思議な光景に夢の運び人は少々戸惑っているようだ。
 運び人は部屋を見渡す。八畳ほどの部屋には、タンスやテーブルがきちんと置かれて、背の低い本棚の上に写真立てが多くあった。その写真を見ると、二枚はベッドで眠るその女性とその家族や友人との写真だと分かるが、あとの五枚は同じベッドで女性と眠っている犬と写っていた。
 夢の運び人は何かに納得したように頷く。
 もう一度部屋を見渡して特に気になる物もなかった夢の運び人は、白い袋から夢を二つ取り出して、一つを女性に入れる。もう一つを目を閉じている犬に入れようとした時、犬はぱっと目を開いて何かを感じ取ったように辺りを見渡した。そして夢の運び人が立っている場所をじっと見る。
 夢の運び人は硬直した。犬の視点は定まっていないが、何かを意識しているのは間違いなかった。
 しばらくして、茶色い犬は首を傾げると再び眠りにつき、すぐに深い呼吸へと変わっていった。
 夢の運び人は安堵して、息を一つ吐く。気を取り直して夢を入れた――



――

 目が覚めると、窓から入り込んだ日差しが私の目を刺激した。今日も清々しい朝だ。ベッドの中でぐうっと背伸びをしてみる。体の力がぐっと抜けて心地いい。
 今日は休日で、特に予定も入っていない。こんな日は愛犬のショコラと近くの河原を散歩するに限る。
 まあ、予定があっても大抵はそうするのだが。
 私はベッドを降りる。何となくだが、違和感があった。いつもの部屋の風景と大分違うのだ。全てが大きくて目線が低く感じられる。さっき降りたベッドだって見上げなければならない。いつもは膝の高さしかないのに。
 身長が縮んだのだろうか。だとしたら、随分と極端に縮んだものだ。とりあえず鏡を見てみよう。
 私は部屋に置いてある姿見の前に立つ。立ったはずだった。だが、そこに写るのは私ではなかった。
 鏡に写っていたのは、私の愛犬――ショコラだ。
 やや混乱した後、試しに尻尾を振ってみる。その動作は当然の如く鏡に写る。ああ、なんとも可愛らしい――違う、そうじゃない。
 どうやら私は犬になってしまったようだ。
 どうしていいか分からず、鏡の前で円を描くように回る。ショコラがそうしていたように。
 しばらく短い足でくるくると回っていると、不意に部屋のドアが開いた。
 私はぴたっと止まってドアを見る。
 そこには「私」がいた。いや、正確には「私」ではない。「私」の姿をした何者かだ。私はここにいる。
 これはどういう展開なのだろうか。
 その「私」は部屋を見渡した後、犬である私を見つける。目が合って、お互いに固まった。
 しばらくの後、人間の「私」はぱっと笑顔になって私に近づく。そしてしゃがんだ。
「ご主人!」
 人間の「私」が急に言って、私は小さな体をびくっと反応させた。
 すると人間の「私」から手が伸びて、私の前足の付け根を取り持ち上げる。体が宙に浮いて、地面から離れた後ろ足を少しバタつかせた。
 人間の私は満面の笑みを浮かべている。そして、いつも私がショコラにするようにお互いの鼻を僅かに当てた。
 その時私は、人間の「私」の正体を知る。
 ショコラだ。
 なぜかは知らないが、愛犬と私は入れ替わったらしい。
 でも、それもいいかなと思った。
 人間のショコラは頬を私と擦り合わせる。いつも私がするように。
「これからもよろしくね、ご主人」
 ショコラは頬擦りをしながら言った。私は答えるようにショコラの頬を舐める。
「えへへ、くすぐったいよご主人」
 もしこのまま、ショコラと私の体が入れ替わったままだったとしても、私はそれでいい。
 きっとショコラも、同じ気持ちだと思うから――


――
 夢の運び人は女性が起きるのを見届けた。それと同時に、隣で寝ていた犬も目覚める。
 女性はゆっくり身を起こして目を擦っている。一つ欠伸をして、気持ちよさそうに背伸びをした。犬も大きく欠伸をして、その場で伸びをする。
 一人と一匹は、しばらく物思いに耽る。何かを確認しているようであった。
 不意に女性が口を開いた。
「お散歩行こうか、ショコラ」
 その声に反応して、犬はベッドを降りて、同じくベッドから降りた女性を見上げた。
 女性は素早く身支度を済ませる。部屋にあった姿見で自分の身なりを確認した。
「さて、行こう」
 犬はその言葉を合図に吠えて、部屋のドアを開ける女性の後ろについて行く。尻尾がひらひらと揺れていた。
 部屋を出ようとするとき女性が笑顔で言った。
「これからもよろしくね、ショコラ」
 返事をするように犬は吠えて、部屋のドアは閉じられた。
 犬が吠えた余韻の残る部屋で、夢の運び人は微笑みを浮かべながらすうっと消えていく。
作品名:夢の運び人 17 作家名:うみしお