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初風

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  午前中の授業が終わり、机の上の荷物を片付ける。眠気覚ましのミントガム、分厚い教材、ペンケース。狭い机に、小さな椅子。女の子としては問題ないけれど、成長しきった男の子たちには、その大きな体躯を押し込むだけで、浪人の身への戒めのように感じているのかもしれない。
 教材でいっぱいになったバッグを抱え、階段をおりて食堂へ向かう。途中で何人かの顔見知りとすれちがい、お互いに軽く声を掛け合う。
 食堂はいつものように混んでいて、それでもいつもの席に仲間の顔を見つけ、人の合間をぬって席につく。
 十八才、浪人生、医学部志望。今年の三月に浪人が決定し、現役時代も通っていた大手の予備校に四月からもお世話になっている。浪人生活に悪い意味で慣れてきて、手を抜き始める五月の半ば。
 高一のときから必死で勉強してきたのに、私はどうしてここにいるのだろう。合格が確実な受医学部験など無くて。その不確かさを思うと気が滅入る。受かれば天国、落ちれば地獄。
来週の模試がどうだとか、午前中の授業の話をしている友人たちの顔を眺めて、このなかの何人が来年、華やかなキャンパスライフを送っているのだろうと考えた。まず、私と同じクラスなのに(この予備校は学力別にクラス分けをしている)国立志望の彼はかなり絶望的。私立も受けるけどいつ見ても携帯をいじっている彼女も右に同じ。誰か受かりそうな人はいないかと視線をずらすと、彼女の姿が目に入った。恵美だ。うん、彼女なら合格間違いなし。ゆるくパーマのかかったショートヘアの毛先が揺れるのを見ながら、思わず目を細めていると、彼女と目が合った。
「何をにやにやしてるの?」
「恵美は大丈夫だなって考えてたの」
「は?また変なこと言ってる」
「いつものことでしょう?」そう返すと、彼女は優しい笑顔を浮かべてお弁当をまた食べ始めた。
 恵美は中学からの同級生で、もう七年の付き合いになる。十三才の彼女は、その少年のような細い体躯がセーラー服をもてあましているように見えた。
 恋をした相手が、たまたま女の子だった。思春期の一番繊細な時期をともに過ごし、友情と恋情の狭間で揺れ動く心は、どこまでも純粋で、どこまでも切実だった。つやつやと日の光を反射する柔らかい髪が、ふわりと揺れた。教科書やらお弁当やらでいっぱいになった鞄を重そうに抱え、まっすぐに歩く姿にひれ伏したくなった。その後ろ姿を眺めていると、腹の下のほうに熱が集まり、トイレへ駆け込む。ドアを後ろ手に閉め、天井を見上げ、大きく深呼吸をする。そんな、昼下がり。
 私が恋した相手は恵美ではない。だが、彼女が同性を愛す種類の人間であることに誰よりも早く気付いたのは私だった。それは、まだ彼女自身も気付いていなかった頃かもしれない。あぁ、この人は私と似ている。しかし、本人に確かめることはしなかった。あまりにも踏み込んだ質問だし、それに特に確証が欲しいとも思わなかった。十三、四の世間知らずな少女にとって、女の子を好きになることはごくごく自然な感情であった。
 中学二年の春、私は新しい教室と新しいクラスメイトに多少緊張しながらも、少しずつ打ち解けていった。そして、彼女に、その先ずっと忘れ得ぬ彼女に出会った。良い天気だから外でお弁当を食べよう、と友達に誘われて中庭に出ると、もう既に何組かが芝生の上に座っていて、楽しそうに話している声が聞こえてきた。その中の一人がこちらに気がついて、こっちこっちと手招きをする。そこにいたのは五、六人で、全員同じクラスの子だった。まだ話したことがない子たちだったから、お互いに自己紹介をした。その集団の中心にいた子の名前は、青葉といった。あおば、とつぶやいた。なんて中性的な名前なのだろう。「そう、青葉。面白い名前でしょ?」そう言ってころころと軽やかに笑うあなたに、私は一瞬で恋に落ちた。
「ねぇ、百花聞いてる?」
 声をかけられて顔をあげる。「なに?」と言って笑顔を作ると、その男の子は一瞬惚けたような顔になったが、「英作文のノート、コピーさせてもらえるかな?」と申し訳なさそうに言ってきた。「もちろん」と言って、鞄の中からノートを取り出す。私の字は汚い。英文なんて他人が見たら判別不能だろうに、と
思いながら彼の背中を見送った。

作品名:初風 作家名:もも