出会い
雨のにおいがやけに強かった。傘をにぎるかじかんだ指を見て、ため息をつく。深く、深く。湿気のせいで前髪がうねり、額にまとわりつくのが鬱陶しい。ローファーも水を吸い、踏みしめる度にぐちょり、と嫌な感覚が押し寄せる。
上り坂に差し掛かり、ふと先に目を遣ると見慣れたオレンジ色のリュックが揺れている。その背中になんだか切なくなり、目をそらす。
世の中、既製品であふれている。唯一のものを探す方がずっとずっと難しくて。痛みと既製品が絡み合って、私はいつも生きにくい。
些細なことで、たとえば雨が降ったり、人と目が合うだけでひどく怯えて、体がこわばる。気がつくと、温かいもので頬が濡れている。なぜ、傷つけば傷つくほど、強くなったと感じるのだろう。辛いときこそ、感情が生まれ、創作意欲がわくのはなぜだろう。
また少し、雨のにおいが強まった。遠くで、誰かが泣き始めた。
内輪のにおいのする店に入るのは多少の勇気が必要で、入るかどうかは好奇心とその時の思い切りにかかっている。その日、店の前を通りかかって、なんとなく引き寄せられて、気づくと扉に手をかけていた。一瞬ためらった後、大きく息を吸い込んで扉を引いた。
店内に足を踏み入れると、いらっしゃいませと声がかかる。顔をあげると、若い男の人がカウンターから顔をのぞかせている。年は、私と同じか少し年上かのどちらかで。童顔で、可愛い。それだけでこの店に入った勇気が報われた気がした。少し緊張しながら、でもそれを顔に出さないようにすました顔をしてカウンター席につく。その店員さんがゴム製のコースターを私の前におき、メニューを手渡してくれる。ざっと目を通して顔を上げると、彼と目が合った。
この目。前を向いている。
人の目を見ると、その人が抱えているものを垣間見ることができる。痛みを知っている人の目は、僅かに濁っている。そのなかでも、まっすぐに見返してくる強い意志をもつ目に私は惹かれる。
そんな、思いがけないところに求めていたものを見つけた。
当たり前に心地よい。この先のことなんて何にも分からないけど、今があればそれでいい。
アコースティック。切なく、儚い。真剣なまなざしで音を奏でるあなたの横顔に、胸が締め付けられる思いがした。確かめるように、何度も行き交うメロディライン。思わず聴き入って、タイプしていた手が止まる。リズムを乱さないように、息を止める。
私は、私は。
あなたに出逢って、こんなに心地よい。