下っぱ、おしまい。
パア、どこかでクラクションの音がした。それは多方向に広がる人の声と足音、いわゆる雑踏に色を与えた。
無機質な音だが、誰かの苛立ちだ。
他に例えるなら、机に指をトントンとか、貧乏揺すり。
どちらにしろロクなもんじゃない。
不必要な催促だ。
催促か、督促か。まあ集金だ。
ヤクザ流のは、違法だから、一般寄りになった。だからって舐められちゃいけない。
暴力をちらつかせる。腹を見せてるようでみせない。微妙なニュアンスでやるんだ。
頭の中でくだらない連想をしながら、俺は歩いていた。
「加藤」
振り向くと、いかにもヤクザな細身の奴が立っている。
「屋島、か」目を合わせると、奴は顔を緩ませた。「どうだい、景気は?」
屋島はにやける。
俺は、ため息をつき。「……いいわけないだろ」と言った。
「だろうな」「あ?」俺は胸を掴む。
「いきり立つなよ、俺はお前を助けに来たんだから」屋島は俺の腕を制す。
「なんだそれ?」
「まあ、聞けよ」
奇怪な切り出しに眉間にシワが寄った。その様子に奴は薄ら笑いやがった。
「お前の兄貴分、笹川、あいつ今日殺される」
「?」
「犯人はお前だ」
「……」
「そう話が来る。いいかそれに逆らうな。後はうまくやるから」
うまくやる、か……。
**
俺が事務所に戻ると、笹川のアニキが頭から血を流していた。血の乾きからして、1時間は経っている。凶器は、ガラスの灰皿か。
少し腰を落とし『それ』を持ち上げる。
「犯人は鈍器の用なもので、被害者の頭部を何度も何度も叩きました。即死ではなかったでしょう。被害者は痛みに次ぐ痛み、やがて絶命しました。最後に思い出したのは、援交に明け暮れる娘? 自分に似た出来の悪い息子? それとも、いつもいびっている舎弟?」
「ふん、興味ねえな」
ああ、百万の机だって自慢していた。
思い出したよ。
灰皿の角がぶつかって傷になったけど、もう死んでるからいいよな。
俺は机に腰を下ろしタバコに火をつけた。
ぷふうと吐き出す煙は、天井に登っていく。
思えば、
思えば、笹川さんとは8年の付き合いだ。長い付き合いだ。『加藤!!』あの怒声が耳に残っている。
そうだなあ、
これは。
俺は目を細め、タバコを眺める。
これは、線香の代わり、ヤクザには『悪香』で十分だ。
俺はポケットに手を突っ込み、屋島に電話をかける。呼び出しのコール音は、俺を懐かしい気持ちにさせた。
それは時間にすると数秒の事……
(1)
高校ではだいたい寝ていたなあ。1時から朝刊準備があったからさ。それでも留年せず、卒業できたのは、俺の親友の存在が大きかった。
**
「由紀夫」俺は名前を呼ばれ振り向いた。
タケルは目が合うとふふ、と笑った。
「なんだよ」
「用がなければ、呼んじゃダメ」
「……ダメだ」
「そんな、つれないの」
オカマのタケルちゃん。しなっと、歩くその姿は、そのあだ名を強く連想させた。
「ねえ、ご飯作ってあげよっか?」
「今日はいらない」
「途中まで一緒に帰っていい?」
「ああ」
「学校、卒業だね」
「ああ」
「寂しい?」
「別に」
タケルは、僕は……僕は寂しいな。ボソリと言った。
「由紀夫、卒業後、何するの?」
「新聞配達、今の集配プラス、勧誘。勧誘なんてやったことないけど、他の仕事、俺にはできないよ。寮もボロだけど愛着あるし」
「そう」
「タケルは大学だろ? 東京の」
「うん」
「頑張れよ」
「うん」
男2人の影は夕日で伸びていた。
寄り添っては、ちょっと気持ち悪い、けれど。
「タケル、今までありがとう」
「うん、寂しいな」
「向こうに行っても、そのなんだ、元気でな」
「うん、ありがとう」
**
翌日、タケルは、学校の屋上から飛び降りた。その跡は、黄色いテープで封鎖され、中央はブルーシートで覆われていた。
**
「事件ね」
俺の背後から、彼女は顔を出した。
「オカマのタケル、いじめかしら、そうすると……」
「てめえ、誰だよ」
「私?」
「クラスメイトでしょ? お忘れ」
腰に手を当てた女は、美人の部類だった。
「……」
「ああ、どこに行くの」
「うるせえ!」
**
「あれ、今日は寝てないの?」
「なんだてめえ」
「朝会ったじゃない?」
「そういうことじゃねえよ、絡んでくるな」
「犯人、知りたくない? 屋島先輩を殺した?」
得意げな顔、犯人。タケルを殺した?
「あらためまして。私、ユウキと申します」
「さて、この事件のポイントはなんだと思う」
「?」
「屋上から落ちた。落とされた。
犯人と、名探偵の私が言うからに、落とされた前提で話すわ」
彼女は後ろに手を組み、
「まず容疑者ね。
1.いじめていた。佐川洋太郎
2.教師の、高梨秀夫
3.彼の姉弟の屋島瞳
」
「次に舞台ね、屋上。5限目が終わる時には封鎖されるわ、内側からね。この際の内側とは、校舎側」
「そして、被害者には抵抗の痕がなかった」
ふうと、鼻息を零す。
「で?」
……。
「一緒に考えましょう」
「……」
はぁ。
「真相は、俺の胸の中だ。そして、謎はない。だから、茶化すな」
「ええ、つまんない」そういい、むくれながら、彼女は自分の席に着く。
「茶化すな、か……」彼女の背中に呟いた。
(2)
「もしもし」ハスキーな屋島の声が聞こえる。
「瞳」
深いため息が聞こえる。
「どうなのか、お前みたいなクズは葬るべきだったか考えてた」
「そうか。指紋は残した」
「こちらも、お前の死体を用意した」
「そうか、ありがとう。さよならだ」
「そうだな」
「愛してたぜ、瞳」
「馬鹿!」
照れた、あの顔が浮かぶ、タケルに似た。
オカマのタケルちゃんは、結ばれない、いつまで行っても結ばれるない関係に、
親友にしかなれない自分に、絶望して、飛び降りましたとさ。おしまい。
輪廻と言うものがあれば、もう一度人間に生まれておいで、ついでにアニキも。
俺は、咥えタバコで部屋を後に、『悪香』を肺に吸い込み。口角を上げた。
バイバイ日本。
【おわり】