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バレンタイン詰め合わせ

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べーさく



ベルゼブブ優一は佐隈りん子と街を歩いていた。
結界の力がかかったペンギンのような姿ではなく、魔界にいる時に近い、人間に見える姿である。
佐隈が買い物をするのにどうしても必要だと考え、ベルゼブブにかけられた結界の力が解かれたのだ。
解いたのは芥辺ではなく佐隈だ。
そんなことができるまで、佐隈は成長している。
ちなみに、佐隈がアザゼル篤史にかかった結界の力を解いたことは今まで一度もない。
自分は信頼されているのだとベルゼブブは思う。
まあ、当然のことであるが。
しかし、当然のこととはいえ、佐隈に信頼されているというのは快い。
ベルゼブブは上機嫌で歩く。
異国の者の容姿、しかも王子様と形容されるような美形で、まわりにいる者の特に女性の眼を集めている。
それでも無表情でいればギリシャ彫刻のように顔立ちが整っているぶん逆に近寄りがたい雰囲気になったかもしれない。
だが、今のベルゼブブは佐隈からの信頼を感じて心地良い気分でいるから、明るく穏やかな雰囲気である。
そのせいだろうか。
「あの」
十代後半から二十代前半ぐらいの女性が声をかけてきた。
ベルゼブブは歩く足を止め、彼女のほうを見た。
「なんでしょう?」
「これ……、受け取ってください!」
手提げの紙袋を差しだされる。
「は?」
戸惑いつつも、ベルゼブブは差しだされた紙袋を受け取った。
女性は頬を赤くし、熱っぽい眼をきらめかせてベルゼブブを見ている。
「じゃあ、よろしくお願いします!」
そうベルゼブブに告げると、彼女は慌てたように足早に去っていった。
ベルゼブブは首をかしげる。
なにをお願いされたのだろうか……?
今、自分の置かれている状況が、よくわからない。
ベルゼブブは女性から渡された紙袋の中を見る。
なにか入っている。
それを取りだしてみた。
長方形の箱だ。可愛くラッピングされている。
「それ、チョコレートですよ」
近くで佐隈の声がした。
なぜか、いつもよりも声が低い。
「今日はバレンタインデイですから」
「ああ」
それぐらい街を歩いていれば、わかる。一ヶ月まえぐらいから街のあちらこちらの様々な広告に、バレンタインデイ、という文字があった。バレンタインデイにかこつけて物を売りたいのだろう。
日本では女性が意中の男性にチョコレートを贈る日であるらしい。
ただし、それは本命チョコと呼ばれ、友達に贈る場合は友チョコ、仕事上などで付き合いのある男性に贈る義理チョコもあるようだ。
「さっきのひと、ベルゼブブさんに一目惚れしたんじゃないですか」
「ふむ」
ベルゼブブは納得した。
自分の容姿が良いことをベルゼブブは認めているし、それを誇らしく思ってもいる。だから、一目惚れされても当然だと感じるし、気分がいい。
だが、佐隈の機嫌はなぜか悪いようだ。
その眼がベルゼブブの手にある箱に向けられる。
「メッセージカードっぽいのが、はさんでありますよ」
佐隈の指摘どおり、かけられたリボンと箱のあいだに二つ折りの紙がはさまれている。
ベルゼブブはその紙を抜き取った。
二つ折りになっているのを、開いてみる。
数字と、さっきの女性のものらしき名前が急いで書いたような字で記されていた。
「携帯電話の番号と名前みたいですね」
佐隈が言う。
「ベルゼブブさんに一目惚れして、近くにあるお店でチョコレートを買って、携帯番号と自分の名前を付けて渡したってとこですか」
「なるほど」
「その番号にかけてみたらどうですか」
「は?」
ベルゼブブはきょとんとする。
「なぜ、そんなことを、私が?」
「さっき、お願いされたじゃないですか。あれはきっとその番号に連絡してくださいってことでしょう」
「ああ」
やっと、なにをお願いされたのかがわかった。
ベルゼブブがすっきりする一方で、佐隈は不機嫌なままだ。
「彼女、美人でしたし、連絡しておいて損はないと思いますよ」
そう低く告げると、佐隈はベルゼブブの返事を待たずに歩きだした。
立ち止まっているベルゼブブは置き去りにされる。
自分の置かれている状況がまたわからなくなった。
ベルゼブブは考える。
少しして、佐隈を追う。
「さくまさん」
背後から呼びかけた。
返事はない。佐隈は歩く速度をゆるめもしない。
「たしかにお願いされましたが、私は連絡しません」
やはり佐隈から返事はない。黙々と歩いている。
「そんなことより」
ベルゼブブは佐隈の隣に並んだ。
「さくまさん、私にチョコレートを贈ってください」
「どうしてですか」
佐隈はベルゼブブのほうを見ず、進むほうを向いたまま、硬い声で話す。
「私からのなんていらないでしょう。一緒にいても存在を無視されて、一緒にいる相手を逆ナンされる程度なんですから」
不機嫌な理由は、やはり、それだったのか。
さっき考えて気づいたばかりだ。
そして、気づいたのはそれだけではない。
いろいろと気づいた。
自分の気持ちも。
ベルゼブブは言う。
「私は、さくまさん、あなたからのチョコレートがほしいんです」
佐隈の表情が少し揺れた。
けれども。
「お断りします」
硬い表情にもどり、きっぱりと告げた。
ベルゼブブは立ち止まった。
それでも佐隈は足を止めずに進んでいく。強張った背中がどんどん離れていく。
どうするか、ベルゼブブは考える。
そして。
「さくまさん!」
大声で、呼びかけた。
佐隈の背中がビクッと震えた。
その足が止まった。
少し間があってから、振り返った。
次の瞬間、佐隈の顔にぎょっとした表情が浮かんだ。
作品名:バレンタイン詰め合わせ 作家名:hujio