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バレンタイン詰め合わせ

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アマしえ



人間なんか、泡のようなもの。
だから、大切にしたってしょうがない。
そう思っている。



祓魔用品店「フツマヤ」の庭に少女がやってきた。
フツマヤの女将の娘、杜山しえみだ。
いつものように庭の草木の世話をしにきたのだろう。着物の袖が邪魔にならないようにたすきがけをし、前掛けもしている。
「あ」
しえみの口が大きく開かれた。
虚無界の権力者である八候王のひとり、地の王アマイモンが庭にいることに気づいたのだ。
アマイモンはまったく動かずにいる。いつもの無表情で、無言で、立っている。
見つかって逃げなければならないような相手ではない。
むしろ逃げなければならないのは向こうだろう。
実際。
しえみは開いた口を閉じると、くるりと踵を返して家のほうに向かった。
正しい判断だとアマイモンは思う。
同じ悪魔からでさえ畏れられる自分と戦って勝てるわけがないのだから、逃げるのが最良の策だ。
アマイモンはそのまま庭にいる。今のところ立ち去る理由はない。
頭上には薄い青空が広がっている。まだ春というには早い時期であるので冷たい風が吹いてはいるものの、天候は良い。
足の下にある地の感触。
もうすぐ春が来る。
冬の眠りについていた自分の眷属たちが眼をさましつつある。
それを感じるのは楽しい。
もっとも、それが表情となって顔にあらわれはしないが。
ふと、気づく。
家に逃げ去ったしえみが庭にもどってきた。
小走りでアマイモンのほうにやってくる。
まさか地の王である自分と戦うつもりなのだろうかとアマイモンは思う。
だが、そうであったとしても自分は逃げる必要がまったくない。
しえみはアマイモンの近くまで来ると立ち止まった。
そして。
「はい」
手を差しだした。
笑顔だ。
邪気がない。まるで陽の光のような明るさだ。
その顔をアマイモンは無表情でじっと見る。
「なんですか、これは」
「チョコレート」
しえみは笑顔のまま言う。
「今日はバレンタインデイだから」
「ああ」
物質界においてはそういう行事があり、ここ日本では女性が好きな異性や友人にチョコレートを贈る日になっているらしい。
ということは、町をうろつけばすぐにわかる。一ヶ月まえぐらいからバレンタインデイ関係の広告が町のあちらこちらにあって、いつのまにか眼に入ってきていた。
「でも、悪魔にチョコレートを贈る日ではなかったと思いますが」
友人ではない。
まして好きな異性というわけではないだろう。
「どうして、ボクに?」
しえみは答える。
「お世話になってるから」
「ボクはアナタをお世話した覚えはないです」
お世話したどころか、連れ去ったりした記憶はある。だから、敵として認識されているはずなのだが。
言い返されて、けれども、しえみの表情は曇らなかった。
「ニーちゃんにいつも助けてもらってるの」
ニーちゃんとは、しえみの使い魔だ。
人が作った泥人形に憑依した悪魔に苔や植物が生えているという、緑男である。
「……なるほど」
緑男は地の王アマイモンの眷属だ。
だから、アマイモンにもお世話になっているというわけか。
しかし、ニーちゃんと呼ばれる緑男がしえみを助けているからといって、それはアマイモンが自分の眷属である緑男に指示したのではないので、やはり世話をしたわけではないと思う。
思うのだけれど。
笑顔のしえみをまえにして、なぜかアマイモンは思ったことを言う気を無くしてしまった。
アマイモンはしえみが差しだした物を受け取る。
透明の袋の上のほうが細いリボンで結ばれている。
アマイモンの好きなものは、バクダン焼き、甘いお菓子、それから楽しい戦闘。
お菓子が好き。だから、食べる。それだけのこと。
アマイモンはリボンをほどいて、袋の中からチョコレートらしきものを取りだした。
それをアマイモンが口に運んでいる途中に、しえみが言う。
「せっかくだから手作りしてみました」
なぜか急に敬語である。そして、なにが、せっかくなのかはわからない。
わからないまま、アマイモンはしえみの手作りチョコレートを口に入れた。
ガリッ、と口の中で音がした。
この身体は、一応、人間の身体だ。しかし、この器に自分が憑依してから千年近く経っているので、人間離れした頑丈なものとなってる。
それなのに、歯が欠けるかと思った。
それぐらい硬かった。
チョコレートとは、こんなに硬いものだったか……?
「あ、味はどうかな?」
少しおどおどした様子でしえみが聞いてきた。
どうやら味見をしなかったようだ。
アマイモンは口の中のチョコレートをガリガリとかみ砕き、呑みこんだ。
そして、答える。
「おいしかったです」
「ホント!?」
しえみがパッと顔を輝かせた。
「良かった」
胸に手を当てて、嬉しそうに笑っている。
その顔をアマイモンはいつもの無表情で眺めていた。

自分に顔筋を使う習慣がなくて良かった。
顔に感情が出なくて良かった。
本当はまずいと感じたことを知られずに済んで良かった。
そう思った。
バカげたことに。



人間なんか、泡のようなもの。
だから、大切にしたってしょうがない。
そう思っている。



この庭に来たのは、居心地がいいから。それだけだ。
そして、居心地がいいわけについては深く考えないようにしよう。

だって、人間なんか泡のようなものだから。








作品名:バレンタイン詰め合わせ 作家名:hujio