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「髪の毛が教えてくれたこと」

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髪の毛がうねる。湿度の高い日には荒れ狂っているかのように外ハネなんて言葉では収まりが利かないほどにあちらこちらへと凄まじい。まるで毛先は自由意志を見せるているかのような装いで私の拙いスタイリングではどうにもならない。混沌としている頭の中を現しているかのようにも思える、前衛的な芸術作品にも思える、吊るされながら寝ていたのかと思われても仕方ない。
 人の考えることは想像の範囲には収まらないので私は他人の目も自分の目も無視することにしていた。

 そんなある祝日に暇つぶしがてら髪の赴く先に歩いてみることにした。
手鏡を用意してどの髪でもいい、目についた毛先の指し示す方向へと歩いてみたのだ。
 すると美容室へと辿り着いた。
 中からは店員がこちらの様子を伺い微笑んだので気まずくなりその場を後にした。いきなり髪を切ってはこの遊びも早々と終わりを告げてしまう。私は手鏡を使い次の目的地へ誘われることにした。

 住宅街を歩き四つ角を右に曲がり小学校の傍を通る。曲がる時も髪の確認を怠らなかったがそうして行き着いたのはどこかの民家で飼われている犬が吠えている。その鳴き声に反応して玄関から出てきた老人は私を見ると微笑んだ。全く知らない人だったが愛想笑いをして踵を返した。

 次はどこへ向かおうと今までと同じ手順で道を歩いているとすれ違う人すべてが私に微笑んだり、それ以上に満面の笑みを投げかけてくれた。ある子供は指差し傍に居る母親と思しき女性に何か語りかけ、またある女子高生なんかは携帯電話を取り出しカメラのレンズを向けてきたりした。

 挙動不審になり振り返るもその先の人々も立ち止まって私を見ているように思える。やはり私に視線は向けられているようだ。
 一体どういうことなのだろう。気恥ずかしくなってきた私は家に帰ろうとしたが手鏡を取り出してしまった。気が動転していたし今までの行動の慣れが出てしまったのだろう。衆人環視の中では一挙手一投足に何らかの期待を持たれていそうで困る。即座に仕舞うのも何なので気にしていない様相で鏡を見つめると気づいたことがあった。

 今までは毛先の確認のためだけに使っていたが頭全体を眺めてみると一点、頭頂部の髪が左右に腰を曲げた老人のように向き合っているではないか。それはハート型に見えた。
 そうか、人々は私の頭に形作られているこのハート型を眺めて微笑んでいたのか、全くもって恥ずかしい話だ。そうやって一人頷きながら家へ帰る。
 帰路で何人もの視線に触れたが悪い気はしなかった。それは好奇の視線でも相手の喜ぶ顔を実際に目の当たりにしていたからだった。


 昔、父に訊いたことがある「心ってどこにあるの」と。

 「大人になると胸が痛むことがあるんだ。だから大人は心が胸にあると思っている人が多い。でもお父さんは納得していない」

 「どうして」

 「それは別の部分が反応した結果が胸にあるだけのことなんじゃないかと」

 「反応?」

 「心が反応して胸を痛めたみたいな」

 「ふーん、それじゃどこに?」

 「思うに心はくっついていて離れているような感じだな」

 「え?」

 「身にまとっているような、着ているような感じがしっくり来るんだよ」

 「洋服みたいに?」

 「そう」

 「なんか難しいね」

 「みんな誤解している。僕は心が反応している時に、胸だけじゃなくて頭や身体全体が喜んだり悲しんだりしているからね」

 父の言ったことが本当かどうか分からないけど、私の頭の上には今、擬似的な心型のものが偶然出来ていて皆がそれを見て喜んでいて、その反応になんかハイな気分だ。喜ばしい反応は連鎖して繋がって行くものなのだと知った。
 その後、家で今日の起きた出来事を伝えると父は「それを聞いた僕もなんだかハイだ」と私の頭を眺めながら嬉しそうだった。今でも核心を突くことはできない存在するものかどうかも疑わしい、そんなものに翻弄されて行く、きっとこの先も、私は。

 今日も湿度が高くて髪がうねる。でもこんな髪のように私も自由だ。そして、まとまる日もやって来ることを知っている。
 私もいつかはきっとまとまる。今日も明日もそれから先も、昨日の私と父のようなあんな気分で駆け抜けてまとまれたらなと、曇天に穴を開けるイメージを思い描いて。