小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

君の笑顔に宇宙を詰める

INDEX|1ページ/1ページ|

 
藍川くんはとても素敵な人だった。背が高くてふわふわとしたパーマがかった黒髪に、ぱちりとした二重の瞳は笑うとくしゃっと潰れる。なんだか犬みたい、いつだったかそう思ったことがあった。私は校内であまり目立つ方ではなかったけど、それは彼も同じようだった。率先して大声で騒ぎ立てるより は、教室の隅で友達と静かに話している。そんな彼の雰囲気に私は惹かれたのかもしれない。
 彼は天文部に入っていた。「星が好きなんだ」そう言って笑う彼の姿を見たことがある。私は星のことも天文学のこともなにも分からなかったけど、彼が「好き」と言うのだからきっと私の知らない素敵なことが沢山あるのだろうと思った。

 私と藍川くんが初めて出会ったのは、天文部の友達に頼まれて参加した夏休みの天体観測会の時だった。仲良しの部員が来られなくなってしまったか ら、代わりに来てくれないかな、と当時クラスでも仲の良かった友達に頼まれたら断ることが出来るはずもなく、私は部員でもないのに参加することになったのだ。 望遠鏡から夜空を覗き、そこから見える星々に騒ぐ部員たちの姿を横目に、私はひとりぼっちだった。私を誘った友達も、私を置き去りに部員たちの輪の中に溶け込んでいる。もう帰ろうかな、とおもむろに立ち上がろうとした時だった。

「あそこに大きい三角形あるの、肉眼でも見つけられると思うんだけど、分かるかな」

 不意に後ろから掛けられた声に驚きつつも空を見上げると、そこには三つの星がぼんやりと三角形を描くように並べられていた。

「あれね、夏の大三角っていうの。あの三角形のてっぺんにあるのがベガ。左下にあるのがデネブで、右下の少し離れたところにあるのがアルタイル」

 そう言って彼は笑った。ぱちりとした二重の瞳がくしゃりと潰れた。

「笹山さんさ、天文部じゃないよね。星、好きなの?」

 私の名前、知ってたんだと思った。いや、友達に誘われて、と正直に返すと彼はそっか、とまたくしゃりと笑った。なんだか犬みたいだなと思った。

「ちなみに、ベガとアルタイルって七夕の伝説の、織姫と彦星なんだよ」

 そうなんだ、小さく呟いてまた夜空を見上げると、今度はさっきよりも三つの星がはっきりと輝いて見えた。てっぺんの織姫さまと、右下の、彦星さま。
 それから彼と色々な話をした。星の話も学校の話も流行りのバンドの話も、沢山した。私がする話にも彼は笑ってうなずいてくれたし、彼のする話に私も笑ってうなずいた。波長が似ているのかなと思った。 星が流れるのにも気付かずに、それはとても心地の良い空間だった。あの日から私は彼の星になりたいと思った。

 
 しかしそれ以来、私と彼が言葉を交わすことはないまま、卒業式を迎えてしまった。私は最後まで臆病だった。彼に何一つ伝えられないままさようならをしてしまった。誰にも知られることのなかったこの感情は、私の胸の中で燻り続け、やがて枯れていくのだろうと思った。あの日、夜空で輝いていたベガに、私はなれなかった。

 どうせなら最後に、あの場所で星を見たいと思って向かったのは、いつかの公園。一人で夜空を見上げていると、彼に言えなかったこと一つ一つが涙の粒になって、私の瞳から零れ落ちていった。真っ黒の空に、あの日の三角形はいなかった。私のこの涙一粒一粒が星になればいいのに、そう思ったら余計涙が溢れた。

「夏じゃなくても夏の大三角って見えるんだって」

 後ろから掛けられた声の懐かしさに胸がざわついた。なんとなく、ここに来れば笹山さんに会えるような気がした、と笑う彼の姿に止まりかけていた涙がまた流れ落ちそうになった。なんで私に会おうと思ったの、とは聞けなかった。私はひどく臆病だったし、なんだか聞いてはいけない気がした。

 夏じゃなくても見えるのに、今日は見えないね。そう私が言うと彼は困ったように笑った。

「今日は見えないけど、明日とか、明後日とか、それに次の夏だってあるし」

 そこまで言って照れたように笑う彼の姿を見て、なんとなく彼の言葉の真意が分かった気がした。その後、笹山さんのことが好きですと言われたので、私も藍川くんのことが好きです、と返した。す ると彼は二重の瞳をくしゃりと潰して笑った。犬みたい、そう呟くと、初めて言われたと驚かれた。ずっと思ってたよ、と言うと早く言ってほしかったと恥ずかしそうにまた笑った。でも私はその笑い方が好きですと小さく呟くと、聞き取れなかっただろう彼に、もう一回言ってと言われたけど、このことは私の胸にしまっておこう、となんとなく思った。

「あの日さ」彼は言った。

「本当は俺一回笹山さんに告白してるんだよ、絶対気付いてないと思うけど。あの日、みんなから離れて一人でいる笹山さん見て、今行かないとって思ったんだ。だから話し掛けたんだけど、その時俺笹山さんの右後ろから声かけたの、覚えてる?」

 なんとなくそうだった気がする、と私がうなずくと彼は続けた。

「そうしたら笹山さんの彦星になれるかなって思ったんだ。その後織姫と彦星の話したから、もしかしたら気付いてくれるかもって、思ってたんだけど」

 てっぺんの織姫さまと、右下にいる彦星さま。照れる彼の顔を見て、私は思わず吹き出した。そんなの、気付くわけないよ、笑いながらそう言うと彼も、やっぱりそうかと笑った。
 私は気付かないうちに彼の中の星になっていたようだ。今夜は星の見えない真っ黒な夜空だったけど、それで良かった。誰にも見つけられない輝きを、私は彼の笑顔の中から見つけたから。



 / 君の笑顔に宇宙を詰める

 幾千の星のひとつになっても、またあなたに届きますように