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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (63)

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (63)もしかしたら遭難?

 それから15分。
2人の周囲を覆いはじめた濃密なガスは、一向に
晴れていく気配を見せません。
それどころか、時間とともにますます濃密さが増してきます。
谷底からの冷たい風に乗り、次から次へと湧き上がり続けるガスの塊りは、
まるで無限に続くのかと思えるような勢いで、2人の周りに
押し寄せてきます。


 「♪~涙果てなし、雪より白い・・・花より白い 君故かなし・・・・」

 「なんなの、清子。突然歌なんか歌い始めて」


 「あ。これのことですか。
 市さんが準備してくれた『もしもの時を想定したアイテム集』
 のひとつです。
 リュックの脇ポケットに、注意書きその2が入っておりました。
 久保浩という歌手が唄った、霧の中の少女という歌詞です。
 その2のメモによれば、登山中に進退窮まったり、
 身動きができなくなったときには、長い持久戦が始まるそうです。
 辛抱強く待つことも登山では大切なことだそうです。
 ただし、おおいに時間を持て余すことになって、大変に辛いそうです。
 ということで退屈しのぎになるアイテムなどが、
 ぎっしりと、いろいろ入っています」


 「本当ですねぇ。布施明の霧の摩周湖なんて楽譜まで入っています。
 それにしても、楽譜を見ただけで歌えるなんて、
 お前すごい才能をもっているんだねぇ」


 「三味線や長唄は、昔ながらの独特の日本の符牒で書かれていますが、
 分かりにくいということで、最近は、西洋風の楽譜に書き直されています。
 音の高低や長さは、音符を見れば、だいたいはわかります」


 「へぇぇ。霧の中の少女に、霧の摩周湖。
 大川栄策の霧にむせぶ夜、なんて楽譜まで入っています。
 霧に関する楽譜ばかりが入っているということは、
 市さんは、私たちがこの状態になることを、既に想定していたと
 いうことかしらねぇ・・・」


 「梅雨入り前の今の時期は、このあたりは霧が発生しやすいそうです。
 ヒメサユリの群生地は特に霧が出やすくて、
 その水分が、群生地の花を育てる役割を果たしていると言っていました。
 この景色を見ているとまさに市さんの言葉が、そのまま実感できます」


 「なるほど。
 さすがに喜多方育ちだけあって、市さんは飯豊山をよく
 知り尽くしているようです。
 それにしてもこの事態は、楽観できそうにもありません。
 ますます霧が濃くなってくるようです。
 このままでは視界が悪すぎて、この場から身動きすることができません。
 少しばかり不安ですが、このまま待機をして、霧が晴れてくるのを
 待つしか対策がないようですねぇ」


 清子のリュックサックの中を興味深そうに物色をしていた恭子が、
物音を聞きつけて、ふと不安そうに顔を上げます。
かすかに鳴る、雷鳴の音を遠くに聞いたような気がしたからです。
何も見えない白い空間の彼方に向かって、最大限の注意を払いながら
耳を澄ましていきます。


 「どうかしましたか、お姉ちゃん。突然耳なんかすまして?」


 「しっ。清子。
 いま、かすかにだけど遠くに、雷鳴が聞こえたような気がしたんだよ。
 空耳かしらねぇ。まだお昼にもならない早い時間帯だし・・・・」

 「山のお天気が崩れるのは、午後からが相場なんですか?。」


 「たいていの場合は、午後から崩れます。 
 でも、山のお天気というものは、時間帯に限らず
 変わりやすいのが一般的です。
 晴れていても風の影響などで、いっぺんに変わってしまうこともあります。
 あ、やっぱり間違いなく、遠くで雷が鳴り始めています。
 空耳じゃなかったようようです。
 さて、困りましたねぇ。
 この濃密な霧に続いてさらにもうひとつのピンチが、山の彼方から、
 まもなくここへやってきそうです」


 「え・・・・ということは、お姉ちゃん。
 私たちは今、ここで遭難寸前になっているという意味ですか?」


 「まだ遭難したわけではありません。
 正しく言えば、単にこの場所から、身動きがとれないで
 いるだけの状態です。
 霧さえ晴れれば移動ができるだろうし、雷も、進路が外れれば
 きっと無事に済むことでしょう」


 「霧が晴れなければこのままずっと移動はできないし、
 雷の直撃もあるという意味に聞こえました。
 それはまた、絶対絶命の大変なピンチですねぇ。困りましたねぇ」


 「ピンチですが、困難が来ると決まったわけでもありません。
 それよりも、なんだか、少し肌寒くなってきましたねぇ。
 体を冷やすと大変です。お前、着るものは充分に持っているかい。
 大丈夫かい?。装備は」


 「それなら、市さんのメモの中に、
 良いアイデァなどが書いてあります。
 身体が冷えてきたときや、雨に降られそうになったら寝袋に入り、
 頭からビニールシートをかぶり、2人で身体を寄せ合えと書いてあります。
 無駄な体力の消耗を抑えて、救助を待てと指示が書いてあります。
 なんだかまるで、これでは、遭難時のような心構えですねぇ・・・」


 「恐るべき洞察力だ。
 まさに指示通りになりそうな展開が、やってきそうです。
 万が一ということもあります。
 ここは市さんの指示通り、寝袋とビニールシートを取り出して、
 雨と雷の襲撃に備えましょう。
 どうやらこの霧は、簡単には晴れそうもありません。
 雷も、徐々に近づいてくる気配があります。
 清子。想定以上のピンチというやつが、やってくるかもしれないよ。
 私たちの身の回りに、まもなく・・・・」


(64)へつづく