赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (58)
2日目、いよいよ飯豊本山から大日岳方面への稜線歩きがはじまります。
この行程が、今回の登山における最大のイベントです。
台風一過のような爽やかな朝がやってきて、2人は
無風の中を歩きはじめます。
飯豊連峰は、東北の山々の中ではかなり大きい山塊として知られています。
なだらかにどこまでも続いていく稜線が飯豊連峰
そのものを象徴しています。
火山が多い東北の山の中で、火山ではない飯豊本山は
全体的になだらかな傾斜を保ち、全体として女性的な雰囲気を
保持しています。
飯豊山を過ぎるあたりから、2人にとっては大満足といえる
稜線歩きが始まります。
どこまでもなだらかに続いていく登山道と、稜線に沿った雄大な規模の
お花畑の存在が、飯豊連峰の持っている醍醐味です。
尾根に沿って残る雪渓の周辺や、まばゆい緑に覆われている
斜面のあちこちに、多くの高山植物が、初夏の陽を浴びてどこまでも
可憐な花を咲かせています。
ゆるい稜線を一つ越えた瞬間、
真っ白い絨毯の畑が2人の目に飛び込んできました。
ハクサンイチゲの白い花の大群落です。
ハクサンイチゲ(白山一華)は、高山の湿り気のある草原に生える
キンポウゲ科の多年草の一種です。
日本を代表する高山植物の一つです。
高山に登れば必ずといっていいほど見ることができる花のひとつです。
草丈15cm位の花茎の先端に、花径3cm程の白い梅のような花を、
3~5個付けます。
花期は7~8月。花言葉は「幸せを招く花」です。
中央アルプスで雪解けを待って咲きはじめるのが、このハクサンイチゲと
言われています。
「上品で清楚なお花ですねぇ。
思っていた以上に大きなお花です。図鑑と本物とでは大違いです。
たまや。真っ白のハクサンイチゲは、見るからに美人そのものですねぇ」
「みんな、この山上のお花畑が見たくって、
麓から6~7時間もかけて、はるばると飯豊連峰に足を運んできます。
ここでは、よくある山岳の縦走や、日帰り登山という形式ではなく、
2泊、3泊と山の中に連泊をしながらあちこちへ足を伸ばし、
お花畑を満喫していくという楽しみ方をします。
おそらく、そんな風にして満喫をしていくお山は、たぶん、
ここだけの特徴だと思います。
のんびりと雲の上で散策とお花を楽しむ、それが飯豊山の醍醐味です」
『さすがに恭子の言うことには、ウンチクがある。
それから比べると、白い花をただ上品で清楚ですねぇなんて褒める清子は、
どうにもイマイチだなぁ。語彙とボキャブラリーが不足し過ぎだ』
『へぇぇ。じゃあ、たまなら、
いったい白い花のことをどんな風に褒めるのさ。
言ってごらんよ、あたしが評価をしてあげるから』
『例えば、楚々としたたたずまい。凛とした風情、なんてのもいいな。
白い女性のうなじを連想するのもいいし、白いもち肌なんてのも、
なぜか、オイラをそそるものがある。
そういえばお前。なぜ大根が真っ白なのか知っているか?。
むかしむかしのことだが、人参とごぼうと大根は同じ色をしていたんだ。
ある日、人参とごぼうと大根がお風呂に入ることになった。
「いちば~ん」。あわてん坊の人参が確かめもせず、
一番先にお風呂に飛び込んだ。
そしたらお風呂が熱いこと、熱いこと。
それでも人参は、真っ赤な顔で我慢しながら、熱い風呂にはいったのさ。
それで人参の色は、いまのように真っ赤になったんだ。
次に入ったのが、ゴボウだ。「熱いお湯だなぁ~」。
ごぼうは熱いのが嫌いなので、体も洗わずにお風呂から出てきた。
それでゴボウは、黒い色をしているのです。
最後に入ったのが、大根さ』
『ちょうどいい、湯加減だ。
大根は最後に入ったので、熱いお風呂もちょうどいい温度になっていた。
気持ちの良いお風呂だったので、きれいに体をあらい真っ白になりました。
それで大根の体は、今でも真っ白だと言いたいんだろう、お前は』
『清子っ。お前なぁ・・・・人の楽しみを途中で奪い取るな。
これから接客業のプロの道に入るというのに、
人の話の腰を折るのは最低だ。
それよりよ。ハクサンイチゲの周りで、点々と咲いている
あの紫の花はなんだ?。
なかなか風情があって、いい花じゃないか』
『イイデリンドウ(飯豊リンドウ)と言うんだよ。たま』
と恭子が近づいてきます。
近くで見せてあげるからおいで、と清子の懐からたまを抱き上げます。
世界で飯豊山にしか無いという飯豊リンドウは、
ミヤマリンドウからの変種です。
茎の部分が長く地面を這い、5cmから12cmほど茎先が立ち上がります。
茎の上部に、直径が20mm~30mmの薄紫色の花を
1個から4個ほど咲かせます。
飯豊山地において、基本種のミヤマリンドウは沢筋などの
少し湿り気のある場所にいまでも生育をしています。
一方のイイデリンドウは、やや乾いた岩礫地や、
小低木の群落中に自生をします。
飯豊山神社から飯豊本山を経て御西岳まで至る稜線上でよく見かけます。
特に、烏帽子岳から北股岳、門内岳、地神北峰にかけた稜線の新潟県側斜面の
乾いた場所では、一面の群生などを見ることもできます。
(59)へつづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (58) 作家名:落合順平