狐日和
狐日和とはこのことか、と男は一人ごちた。
時は夕暮れ。茜色が景色を真っ赤に染め上げて、今はその中を雨がしとしと降っていた。
おやまあ、狐の嫁入りでもあるんだろうか。
見る間に日は暮れ暗くなる。狐塚の山を見やれば、赤い狐火が黒い森にちかちか光った。
ちょいとばかし覗きに行こうか。
男は狐格子の戸をあけて、ひょっこりひょっこり山へ出掛けた。
木の陰からこっそり見れば、まあ、いるわ、いるわ。若い二匹を先頭に、狐の提灯行列が続く続く。
――お足元、そら狐の茶袋に気をつけなすって。
――まだまだ先は長うございますからな。
――やあ、お仲人、お先へどうぞ。
けんけんこんこんさざめきながら、列はどんどん登って行く。
多分、頂上のお稲荷さんまで行くのだろう。
あっという間にたどり着き、狐の嫁入りが始まった。
神主狐が祝詞をあげる。花嫁狐が頬染めて、婿の狐は誇らしく、周りの狐は楽しげに。
ゆうらゆうらと狐火ゆれて、社は不思議な赤さに染まっていった。
とある狐が尾を振れば、そこに酒が現れて、別の狐が尾を振れば、そこに肴が現れた。
どんちゃんどんちゃん太鼓が鳴って、狐が輪になり踊りだす。
も少し居ようかと思ったが、男はやっぱりやめにした。回れ右して山を降り、古びた蕎麦屋で狐蕎麦を啜り込む。
――俺には一人で蕎麦啜ってる方が似合ってら。
家へ帰って布団を敷いて、男は今日を振り返る。思い出すのは狐の嫁入り。
なんとまあ、狐につままれたような一時であったことだが、狐福とでもしておこう。
狐綿の布団を肩まで引き上げ、男はそっと目を閉じた。
満月が、狐窓からやさしく差している。