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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (55)

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (55)尾根の道と夏まで残る雪渓


 潅木の道を抜けて地蔵山からの道と合流するとしばらくして、
三国岳を目指す尾根を伝う道に出ます。
このあたりから少しずつ霧が濃くなってきます。
道は所々崩れた痩せ尾根になっており、足元に注意をしながら
慎重にすすみます。
途中、那須ケ原や三国岳が良く見える場所を通り、30分程で急峻な三国岳の
上り口にまで到着をします。


 「さあ清子。ここからが今日一番の山場だよ。
 剣が峰という岩場で、鎖を使って登っていく険しいところもある。
 雨で濡れていなければ、さほど難しい場所ではありません。
 ほら、足元にたくさんの雪渓が見えるだろう。
 あれはこのあたりで、夏の中頃まで残っている雪渓たちだ。
 岩場を越えれば避難小屋があるから、そこで一休みすることができる。
 ガスがかかってきたけど、天候が崩れるような心配は
 今のところまだありません。
 一休みをしてから登り始めますから、それまで、たまにも
 休憩させてやるといい」

 
 『お前も一休みをしたほうがいいそうですよ』と、清子が
胸のポケットからたまをつまみ出そうとします。
しかし当のたまは、まるで『寒すぎて嫌だ』とばかりに、目を見開いたまま
ポケットの中で首を横に振ります。
雲の切れ間から、下界の山の様子が見えますが、このあたりで標高は、
既に1500mを軽く超えています。


 『寒いのかい、お前』と清子があらためて覗き込むと、たまが
フルフルとヒゲを小刻みに震わせます。
どうやら寒さよりも、立ち込めている湿気を含んだガスを嫌っている
雰囲気です。
よく見ると、口の周りをしきりに舐め回しています。

 猫が普段以上に顔や耳の後ろなどを洗っていると、雨が降る可能性が
きわめて高くなると言われています。
昔から『猫が顔を洗うと雨が降る』と言われる由縁です。
理由は、猫が極端に湿気の存在を嫌うからです。
顔に着いた湿気のベタベタを、その手で懸命に取り除きます。
もし猫がいつも以上に顔を擦っていたら、低気圧が接近をしている証拠です。
また曇り空ならば、傘を持って外出するが吉とも言われています。


 また、しきりに口や鼻の周りをなめることもあります。
この場合は猫の気持ちの中に、迷いなどが生じている証拠です。
逃げ出したい気持ちはあるものの、なぜか好奇心で近寄ってみたいなどの、
行動に迷いが生じたときに、一度口の周りを舐めて、次の行動に
移りやすくしているのです。
気分を鎮め、落ち着つかせるための行動と言われています。


 「あはは。男の子のくせに臆病だな。
 お前も危険な岩場だと言われて一人前に緊張しているのかい。
 無理はないさ。あたしだって高度1500mなんて初めての体験です。
 でもさぁ、見てごらんよ。
 雲のあいだからは鮮やかな、ピンクやオレンジの花が見えるだろう。
 点々と白や紫色の花の様子も見えています。
 ここはきっと、晴れていれば雲の上の花園だ。そんな気がするよ。
 ほら。怖くないからお前も、もっと大きな目を見開いて
 周囲を見回してご覧よ。
 そんな景色が、きっとお前にも見えるから」


 「子猫に向かって、無茶なことは言わないの、清子。
 猫の目が大きくなるのは、夜だけです。
 今は、三日月様より細くなっている状態だもの、景色なんか
 たまの目に入るもんか。
 山小屋で好物のかつお節でも食べさせてやれば、
 きっと機嫌も治るでしょう。
 もっとも、山小屋にかつお節が有るかどうかが問題だけど、ねぇ」


 さぁ行くよと、帽子をかぶり直して恭子が立ち上がります。
ガスのせいで少し足場が滑りやすくなってきたから、気をつけるんだよと
先に登り始めた恭子が、清子を振り返ります。
岩の塊が不規則にゴロゴロと突出をする剣が峰は、三国避難小屋までの
稜線の上を延々として続いていきます。

 飯豊山は、遠くから撮影された写真のイメージと、
なだらかな稜線の山容や、山肌を彩る数多くの高山植物の様子から、
よく女性的な優しい山として、人々に連想をされています。
全体的にほどよく整備された登山道を備えていますが、所々にこうした
荒々しい岩場や鎖場などもあり、時々、男性らしさなどを垣間見せます。

 山からの手ごわい洗礼を受けて歩くこと、約30分。
2人の行く手に、この日の目標である三国小屋が遠くに、かすかに
見えてきました。

(56)へ、つづく