小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (53)

INDEX|1ページ/1ページ|

 
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (53)下15里、中15里、上15里
3つも続く、15里の道


 『なぁ聞けよ、清子。オイラの話を。
 ひどいんだぜ、市のやつってばよぉ。
 夕飯の時に旨そうなかつお節が出たから、
 珍しいこともあるもんだなと、オイラも思わず食いついちまった。
 今から考えれば、そいつが間違いのもとだった。
 食った途端に、あれよというまに、なにやら眠たくなってきた。
 アノやろう。オイラが気がつかないうちに、かつお節に
 睡眠薬なんか混ぜたんだ。
 おかげでぐっすりと寝込んでしまい、こうして気がついたら
 いつのまにか、リュックサックの暗闇の中だ』


 たまがいつもの指定席、清子の胸元でさっきから愚痴をこぼしています。
清子が着ているオレンジ色のヤッケの胸元には、小柄なたまが
すっぽりと収まりそうな、手頃といえるポケットが付いています。
当の清子は、たまの愚痴などは無視をしたまま、恭子との
会話に夢中になっています
林道を進んでいくとやがて小さなせせらぎに到着します。
そこに架けられた小橋を越えると、登山道を示す大きな案内看板が
2人の行く手に大きくそびえてきます。


 「清子。ここからが飯豊山の、
 本格的な登山道の始まりだよ。
 覚悟はいいかい。臆病風に吹かれて引き返すのなら、
 今のうちです」

 「とんでもありません。
 期待に膨らみ胸はワクワクと高鳴っています。
 お天気は最高だし、たまも一緒だもの、何一つ言うことはありません。
 あ・・・・恭子お姉さんとも一緒ですから、私は、何ひとつとして、
 心配などはしていません」

 
 「とってつけたようなお世辞に聞こえましたが・・・まぁいいか。
 ほら、最初のマイルストーンが見えてきました。
 ここから少し難所に変わります」

 「マイルストーンって?」

 「道半ばで目印となる、道標のことさ。
 マイルストーンという言葉は、もともとは、物事の進捗を管理するために
 途中で設ける節目のことを意味していました。
 最終的な到達点に向かうまでの、通過点のことを示しています。
 道路などに置かれて、距離を表示している標識や里程標識なんかも
 やっぱり、同じ意味をもっています」

 「お姉ちゃん。下15里と標識に書いてありますが、
 1里が4キロとして計算すると、次のマイルストーンまでの距離は、
 ざっと、60キロも距離が有るという計算になってしまいます!。
 ええ~、いきなり60キロもあるくのですか!」


 「あはは。これから始まる3つの急坂のことを、
 そう呼んでいるだけのことさ。
 このせせらぎから600mの場所からはじまる最初の登りを、
 下15里と呼んでいる。
 そこからさらに500mを登った先に、中15里が有る。
 さらに600mを登ると、最後の上15里がある。
 3つの急な上り坂を指して、1里が15里に相当するほど苦しいと
 いう意味から、そういう名前がつけられたものさ」


 「あらら。急な上りで、その合計が驚きの45里ですか・・・・
 それはまた、歩き始めから難儀なことですなぁ。
 ねぇぇ、たまや」

 「2キロあまりの山道の間に繰り返される、3つの急な上りです。
 でもね。ここは名峰のひとつですから、急な坂道などが多いとは言え、
 登山道自体は、よく整備されています。
 オーバーペースにならないように、道標をちゃんと確かめながら、
 一歩一歩、慎重に登りましょう」


 恭子が言うとおりまずは足慣らしとも言える、
平坦な杉林がしばらく続きます。
しかしそれもまたつかの間のことで、やがて本格的な登りが
2人の目の前にやって来ます。
最初の尾根で、地蔵山まで続いていく長坂と呼ばれる急傾斜の一帯です。
ここには20~30分登るごとに、チョットした休憩用の広場が
点々として現れてきます。
広場が数多く整備されている理由は、数日をかけて山を散策する人たちが
増えてきたために、大きな荷物を背負う登山者たちに
配慮したためのものです。
杉が消え、雑木と灌木に覆われた登山道に様子が変わると、
まず最初の休憩場所が現れます。
急坂路の起点で、ここからいよいよ下15里の急坂がはじまります。


 「たまや。最初の急坂の、下15里が見えてきました。
 あらら。ほんまや~。いままでの登山道から比べると桁違いな
 急坂の様子です。
 杉の小径などは、ただのほんの小手調べでした。
 ここから先は、1歩くごとに1m上昇をしていくような、
 きつい坂どすなぁ・・・・
 しかたおまへん。ささいな距離で、
 15里分の苦労をいっぺんにするんどす。
 簡単には登らせてくれまへんなぁ、初めての登山というものは・・・・」

 「清子。どうでもいいがその中途半端すぎる、
 京言葉みたいなものは、なんとかならないのかい?
 歯がゆくて、なんだか、あたしまで力が抜けてしまいそうどす」


 「あはは。すんまへん。
 ウチ、極端に緊張などをすると、なぜかこんな口調になるんどす。
 かんにんどっせ。恭子おねえ~はん!」


 『大丈夫かいな清子は、ほんまに。
 なにやら、ウチまでおかしくなりそうだ・・・』

 額から流れ落ちる大粒の汗を拭いつつ、真っ赤な顔をして
登ってくる清子の姿を振り返りながら、なぜか恭子が
そんな風につぶやいています。


 (54)へ、つづく