赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (52)
登山口のある川入までは、小春が車で2人を送ります。
登山口のある川入から山頂の神社までの工程は、およそ30キロ。
健脚ならば早朝の2時ころから登り始め、その日のうちに戻ってくることも
可能とされている登山道です。
初心者の清子に無理は禁物だろうということで、
途中のお花畑での散策も含め、余裕をたっぷりとみながらの、
2泊3日という予定になりました。
「くれぐれも無理しちゃダメよ。
なにか有ったら迷わずにすぐ引き返すのよ。お願いね恭子ちゃん。
清子は、目を離すと何を仕出かすか、まったく
見当のつかない危ない子だから、しっかりと見張っていてくださいね」
30分で到着した登山口の駐車場では、
早くも小春がオロオロとしています。
『あたしが準備をしてあげますから』と、市奴が手がけてくれた
登山の荷物は、恭子のリュックサックの倍近い量に膨らんでいます。
「開けてみてのお楽しみが、ぎっしりと詰まっているそうです」
うふふと笑った清子が、『よっこらしょ』とリュックサックを背負います。
見かけに反して、荷物が軽いことに清子が驚ろきの表情を見せます。
「別に、重量挙げをするわけじゃないんだよ、清子。
登山に行く為の荷物だ。
最初から重いと感じるリュックは、長時間を担げるはずがないだろう。
軽く感じるのは、中身がバランスよく詰められている証拠さ。
へぇぇ。市さんて、登山経験が豊富な人なんだ。
そういえば市さんも喜多方出身の人だもの。
子供の頃から何度も修行をかねて、
飯豊山には登山を繰り返しているはずです。
へぇぇ。となると、リュックの中に何を詰め込んだのか、
楽しみになってきましたねぇ。ふふふ」
心配そうな顔で見送っている小春を置いて、
2人が駐車場から、飯豊山の登山口へ向かう最初の林道を歩き始めます。
登山口まではここから10分ほどの距離があり、そこから先で、
階段状の急な上りの道が始まります。
『じゃあね。行ってきますから!』と2人が同時に振り返ったとき、急に
小春が何かを思い出し、清子を後方から呼び止めます。
「そうだ。市奴姉さんから、
忘れずに、必ず清子へ渡してくれとメモ書きを預かってきました。
あたしったら、もしものことばかりを考えて
切羽詰まりすぎていましたねぇ・・・・
はい、これ、清子。市奴姉さんからの伝言です。
あ~あ、よかった。忘れずに清子へ手渡すことができて。
このまま忘れて帰ってしまったら、あたしが市奴姉さんに
目いっぱい叱られます。
じゃあね。2人とも、今度こそ本当に気をつけていくんですよ」
名残惜しそうに、ふたたび駐車場から小春が手を振ります。
『大丈夫です。そんなに心配しないでね』と2人も、
元気に手を振り返します。
『何が書いてあるんだい?』くるりと小春に背中を向け、
林道を歩き始めた次の瞬間、早くも興味深そうな顔で、
恭子が清子の手元を覗き込んできます。
「わざわざメモ書きなんて。何なのでしょう・・・・
何が書いてあるのかしら」
なになに・・・
『小春の姿が見えなくなったら、急いでリュックを開けよ。』
リュックを開けろ?。一体どう意味かしらと、清子が駐車場を振り返ります。
そこにはまだ、豆粒ほどの大きさに変わった小春が大きく両手をひろげ、
二人に向かって、ジャンプをしながら手を振り続けています。
「まだしっかりと、小春姉さんの姿が見えております」
「歩き始めたらすぐに開けろと言うくらいだから、
きっと、何か中に緊急を要するものが入れてあるんだろう。
なんだろうね。登山に必要なものは全部、準備が完璧に済んでいるし。
あえて今、リュックを開ける理由は無いと思うけど。
忘れ物をした覚えもないし、唯一気になることといえば・・・・
あっ。もしかしたら。
清子。いつも身近にいるはずのあいつの姿が見えないよ!」
「そういえば、小春姉さんの車の中でも、姿がありませんでしたねぇ。
でもお気楽屋のたまのことです。
おおかたどこかでのんびりと、お昼寝なんかをしていると思います」
「それにしても、
昨夜からまったく姿を見かけていないんだよ。
わたしたちが登山で3日もいなくなるというのに、それを知りながら、
あの寂しがり屋が姿を見せないのも、絶対におかしいと思わないかい。
清子。急いでリュックを開けて見な。
市さん仕出かすことだ。もしかしたら、もしかするかも知れないよ!」
『えっ!』慌てて後方を振り返った清子が、
駐車場にいるはずの小春の姿を、急いで目で探します。
先ほどまで手を振っていた場所に、すでに小春の姿はありません。
『ほら。急いで下ろして』背中に回った恭子が、早くも清子のリュックに
手をかけます。
「ほら。やっぱり居た!」
スルスルと緩められた清子のリュックサックの口からは、
寝ぼけたようなたまの顔が『一体全体、何事だ』と、のそりとして現れます。
睡魔から覚めきれていない様子から見ると、なにか眠り薬でも飲まされたようなそんな雰囲気が濃厚に漂っています。
「うふふ。お前と清子は、やっぱりいつでも一心同体だね。
さては、市さんに眠り薬でも飲まさましたね、お前は。
グウグウと眠りこけているあいだに、リュックサックへ放り込まれた訳か。
これで今回の山行きは、かよわい女子2人に、プラス小猫の1匹だ。
女人禁制は聞いた覚えはあるが、猫が入山禁止とは聞いていないもの。
よかったねぇ、たまや。
お前も清子と同様に、この山に可憐に咲くヒメサユリや
たくさんの高山植物を、その目で、たっぷりと見ることができるよ。
うふふ。市さんの粋な計らいに心から感謝しなければ、
なりませんねぇ」
(53)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (52) 作家名:落合順平