小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

【三題噺】 父の背中

INDEX|1ページ/1ページ|

 
『父の背中』

ある晴れた日の午後2時くらいのこと。
天気がいいから、洗濯をしようとナナは思った。
さっさと洗濯物を放り込み、ボタンを押して、優雅に本を読む。
といっても手にしているのは漫画なのだが。
三十分くらい経ったところで、脱水も終わり、洗濯機がナナを呼ぶ。
洗濯物を中から出していると、ポトリと足元に何かが落ちた。
手に取ったそれは、何の変哲もないボールペンだった。
少し濡れてはいるものの、問題なく使えそうだ。
このボールペン、どこかで見た気がするなぁとナナは思ったが、思い出せないので今は置いておくことにした。
それよりも洗濯物洗濯物、とナナは洗濯かごに洗濯物を積み重ねていった。

ベランダに出ると、暖かな日差しがナナを照らした。
ハンガーや小物干しを物干し竿に吊るし、手際よく洗濯物を干していく。
心地よい風が洗濯物をなびかせ、ナナの頬を撫でた。
洗剤の香りに浸りながら、ナナはぼんやりとさっきのボールペンのことを思い返す。
どこで見たんだっけ、と思いながらタオルを掛けていると、家の電話が鳴った。
電話を掛けてきたのは父だった。
『どうやら家にボールペンを忘れたから職場まで持ってきてほしい』とのこと。
もしかしてとボールペンの特徴を聞くと、まさに先程のボールペンだった。
家から父の職場までは電車で二駅ほど。それほど遠くはない。
すぐに届けに行く、と返事をして電話を切ると、ナナは急いで洗濯物を干し、家を出た。

最寄りの駅へ自転車で走り、ホームに滑り込んできた電車に乗り込む。
電車に揺られながら、ナナはポケットに仕舞われたボールペンを指でなぞる。
父は建築設計事務所に勤める建築士だ。
詳しくは分からないけれど、建築物の図面を描いたり、役所と協議をしたり、図面通りに行くかのチェックをしたりと、想像以上に忙しく、そして大変な仕事だということを父に教えてもらった。
家で頭を抱えながら設計図を描く父の背中を、ナナはよく見てきた。
ああ、そうか、とナナは思う。
このボールペンは、父が設計するときに使っていたものだった。
父の大きくてゴツゴツした手に収まったボールペンは、心なしか誇らしげだったようなそうでないような。
えっへんと胸を張るボールペンを想像して、ナナは一人微笑んだ。

事務所まで行くと、父が入り口で待っていた。
わざわざ届けてくれてありがとう、と父は笑った。
もうすぐ仕事が終わるから、一緒に帰ろうと言うと、父は急いで仕事に戻っていった。
手持無沙汰なナナは、事務所の来客用のソファに腰かけ、中を見渡す。
各個人の机に、設計用の紙、建築の本やよく分からない書類など、たくさんのものが溢れている。
ナナは視線だけで見慣れた父の背中を探した。
少し向こうに見えた父の背中は、いつも見ていたそれと少しも変わらなかった。
手には、いつものあのボールペンがある。
なんとなく暖かい気持ちになったナナは、膝を抱えて父の背中を見守った。

少し時間が経って、時計の針が5時過ぎを差した頃。
ナナは父に揺り起こされて目が覚めた。どうやら知らぬ間に眠っていたらしい。
お待たせ、それじゃ帰ろうか、と父が手を伸ばす。
うん、と返事をして、ナナは父と共に事務所を出た。
帰り道、父がコンビニに立ち寄ったついでに、ナナにサイダーを奢ってくれた。
シュワッと口の中を通り抜けていく刺激がぼやけた頭をすっきりさせてくれる。
ナナは笑顔をこぼしながら、サイダーの爽快感に空の青を重ねてみるのだった。

【お題:全自動洗濯機・ボールペン・サイダー】
作品名:【三題噺】 父の背中 作家名:リンドウ