赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (49)
木々の葉が新緑から深緑に変わり、山藤や桐の花が咲くと
会津は春から初夏へ季節が移ります。
川霧が発生するのもちょうどこの頃からです。
梅雨までの短い間、会津は、ひとときだけの初夏の色に染まります。
「へぇぇ。市さんが引き取ってくれたのか。
それはまた好都合な出来事です。
市さんのマンションは駅前だし、喜多方からのバスの便もいい。
チョコチョコ遊びに来るには、まったく手頃です」
「チョコチョコ来られるほど、恭子さんは暇が有るのですか?」
「高校3年の部活は、夏の予選に負けてしまうともうそれで終わりなるのよ。
あとは進学や就職に備えて、みなさんそれぞれの準備に入ります。
高校3年生の夏休みは、今までのすべてから解放をされて、
気兼ねなく遊べる、一番良い時期です」
「そんなものなのですか。高校生活というものは」
「紫陽花が咲き始めると、会津も本格的な梅雨に入ります。
お前。ユリの花は好きかい。会津にはとおっておきのオトメユリの
群生地があるんだよ」
「オトメユリ?。はじめて聞く名前です。
山百合などとは、また別の種類なのですか?」
「山百合の花は、大きめでほとんどが白い花だろう。
オトメユリは、別名を姫早百合(ひめさゆり)と呼ばれる花だ。
日本特産で、山間地に咲く特別なユリです。
宮城県南部と、新潟県、福島県、山形県の3県が県境を接している
飯豊連峰の吾妻山、守門岳周辺に群生をする、貴重な花です。
花は薄いピンク色で、斑点がありません。
ヤマユリほどではないにしても、花の香りは甘くてとても濃厚です。
お前、今度のお休みに私と見に行こうよ。
ただし、本格的に山道を歩くから、浴衣じゃ無理だよ。
持っているかい、お前。山歩きができるような洋服などを」
「そしたら、登山用の靴なども必要になりますねぇ。
大丈夫です。お母さんからもしもの時にと、お金を預かっていますから」
「馬鹿だねぇ。そんなもんにお金を使ってどうすんのさ。
足のサイズは、いくつだい?。あたしのが履けそうなら貸してあげるから」
「9文半か、 9文7分で大丈夫です」
「尺貫法かい。それじぁ、あたしの方が分かんないわよ。
前に教わったような気もするけど、センチに直すとサイズはいくつなの?」
「9文半なら、22.5Cm。9文7分は、23Cmのことです」
「ふぅ~ん。23センチなら大丈夫だ。
山登りの装備も必要だから、全部貸してあげるわよ。
行くかい。オトメユリが咲いている、飯豊山の山登りへ」
飯豊山(いいでさん)は、飯豊山地に連なる標高2,105 mの山です。
地元の人には、飯豊本山と呼ばれています。
磐梯朝日国立公園の中に位置して、可憐に咲く高山植物の
群生が特に有名です。
また、日本百名山のひとつとしても数えられています。
連峰の最高峰は、標高2,128 mをほこる大日岳です。
飯豊山は山形県西置賜郡小国町と、新潟県東蒲原郡阿賀町の県境に
位置していますが、南東麓の福島県側から山頂を経て、
御西岳に至る登山道のみがなぜか福島県喜多方市の所有になっています。
山頂付近の所有も、何故か喜多方市です。
明治期におこなわれた廃藩置県の際、飯豊山付近は新潟県側に
編入をされました。
しかしこの時に、飯豊山を神社宮とする福島県側から、
猛烈な反対運動が起こります。
参道にあたる登山道および山頂を、再び福島県側に編入し直すことで、
この騒動が、ようやくのことで決着します。
こうした特別な経過を経たために、このあたりに存在する福島県の県境が
複雑に入り組み、かつ、かなりいびつな形になっているのです。
(50)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (49) 作家名:落合順平