小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

東奔西走メッセンジャーズ 第二話

INDEX|1ページ/17ページ|

次のページ
 
第二章 研修開始



「何処だ……ここ、ってか寒い」
 携帯のアラームに叩き起こされはしたが、余りの寒さに俺はソファベッドの上で再度布団に包まって、見慣れない室内をぼけーっと見回した。
 壁際にうず高く積まれた雑多な書籍や漫画、机には最近珍しくなってきたデスクトップタイプのPCと、4:3比率の液晶ディスプレイがデンと構えていた。
 いまどき16:9のワイドじゃ無いってのも珍しい。
 自分の部屋とも一脈通じるものを感じるが、俺のそれよりはやや年季を感じる。
 そして、部屋の隅には折り畳みの自転車。
「あ……そっか、『ねこまんま』の二階だっけ」
 てことは、あれ、オーナーの自転車って事だよな……。
 昨晩は色々あった疲れからか、珍しく睡魔に襲われたので、シャワーだけ浴びてベッドに入ってしまったので気が付かなかった。
 寒さを堪えつつ傍らに放り出してあったジャケットを上に羽織って、俺はその赤い自転車に近寄った。
 流石にこの街の住人というべきか、佇まいからして安物じゃない。
 赤くて、比較的細く見えるフレームのそれは、まりな先輩の持っていた物よりは畳んだ時の姿が大きいが、十分に小さく纏まっている。
「Tikit……ってこの自転車の名前かな、それともメーカーか?」
 ま、俺が考えても前提になる知識も皆無だし……後でオーナーか先輩に聞いてみよう。
「結構使い込んであるな」
 フレームには無数の細かい傷、だが、それ以上に丁寧に磨いているせいだろう、その傷が単なる車体の汚れではなく年季という奴に見える。
 というか、そろそろ起きて何か朝飯でも調達に行こう、あんまり人の部屋なんぞじろじろ見るものじゃ無い。
 今から営業してるなら、ねこまんまで何か買っても良いよな、昨晩ご馳走になったお惣菜類とおにぎりなら、寧ろ常食したい位だ。
「江都は良いとこ一度はおいで、飯は旨いしねーちゃんは綺麗だっとくらぁ」
 俺の生まれる遥か昔の歌の替え歌なんぞを口ずさみながら、初日分だけって事で用意してきた服に着替え、愛用の腕時計を着ける。
 別に高価なブランドという訳でもない、頑丈さが取柄のクロノグラフ。
 時間なんてどうせ持ち歩いてるんだから携帯で見れば済む話ではあるが、何となく左手にこの微妙な重みが無いと落ち着かない。
 それにしても予定が狂いまくりだ……どうせ要る物だし、着替え等を仕事の後に買いに行く予定だったけど、この街ではそれも覚束ないらしいし……。
 ウニクロとかシマムーとか、安い服屋の場所を聞いて日曜日にでも行ってくるか……コンビニで買うのは不経済だが、最小限は買わないと不味いし。
 後はコインランドリーで何とか回すしか……こうなると3日ってのは意外に長く感じるな。
 時計を見ると、時間は6時半。
 出社は8時、要らん荷物もカバンから出したいし、一度部屋に行ってシャワーだけでも浴びてくるか。
 そう思って、俺は取り敢えずジャケットを羽織って部屋を出た。
「お……」
 なにやらいい匂いに包丁を使う音。
「そりゃそうか……開店何時間前から調理始めなきゃ駄目なんだろ」
 ご飯系の店はこれが大変だよなぁ……低血圧で宵っ張りの俺には務まらん。
「おはようさん、よく眠れたかい?」
 降りてきた俺に目を留めたオーナーが、今はお握りを握りながら、相変わらずのほほんとした様子で声を掛けて寄越す。
「おはようございます。お蔭様で、ホテルに泊まったような気分でしたよ」
「大仰だね、でもまぁ、後二日寝泊りするのに不愉快でなかったなら良かった」
 そう言いながらオーナーは苦笑しているが、清潔なシーツに布団は男の一人暮らしとは思えない代物だった。
 マメな人なのかな……それとも彼女でも居るのか。
「ん?どうしたんだい、まだ寝ぼけてる?」
「い、いえ、それ旨そうだなと」
 あながちごまかしばかりではない、炊き立てのご飯を手際よく塩と昆布で握っているお握りは、見るからに旨そうだった。
「はは、ありがとう、ひとつ試食していくかい?」
「良いんですか?」
 なんか、昨日から世話になりっ放しだな。
「社員食堂もない零細だし、たまには良いんじゃないかな……あ、寝起きだし白湯でも飲んでからの方が良いよ」
 ポットそこだから、と指差すオーナーに会釈をして、俺はそちらに向かった。
「ありがとうございます、そうさせて貰います」
 口の中も気持ち悪かったし、このまま貰っちゃお握りに悪いよな。
 ポットからお湯を取って口にすると、オーナーが言うように、胃の中が洗われるような、何とも言えない心地よさと共に、水分が乾いていた体に染み込んで来る感触がある。
 今までは寝起きには水を口にしていたけど、白湯の方が良いな……
「こっちは昆布、これはタラコ、こっちはシャケでこれがウメ、どれでも好きな奴をどうぞ」
 プレーンな物ばかりだけど、ホントに美味しいご飯で握ったお握りなら、こっちの方が旨い。
(タレをべったりなんてのは、まずい食材を口にするための知恵に過ぎません)
 そういや、前に氷川教授がバッサリ切り捨ててたな……焼肉が好きな俺にはちょっと安易に首肯しかねる見解ではあるが。
「じゃ、シャケ頂きます」
「ほいよ、海苔はセルフで巻いておくれ」
 わざわざ炙ってくれた海苔を手渡され、恐縮しつつ俺はお握りをその中に包んだ。
 パリッとした海苔の食感と共にちょうどシャケの油が乗った白米を口にすると、これぞ朝食という感じがする。
「オーナー」
「ん?」
「後二つ買いたいんですが」
「はは、毎度あり、全部一個120円だから8割で96円か……2つなら190円でいいよ」
「どうもです、じゃ梅とタラコを」


 忙しそうなオーナーに海苔を用意して貰うのも悪かったので、ラップで包んできた朝食をカバンに放り込んで、俺は一日遅れで自宅予定のアパート、レジデンス三ノ輪に足を踏み入れた。
 ……二輪乗りの家が三ノ輪ってのも中々シャレが効いてるな、等と思いながら階段を上る。
 ここの2階の3号室が俺の部屋、結構セキュリティに気を使ってるのか、見慣れない楕円形の薄い板状の特殊な鍵に視線を落としながら、階段の角を曲がった所で……。
「きゃ」
 女の子の驚いたような声と共に、軽く体に何かがぶつかる感触。
 とさっと軽い音を立てて、小柄な姿が廊下に倒れた。
「あ、し、失礼」
 慌てて、倒れた女の子を助け起こして……ぶつかっておいて失礼な話ではあったが、俺はその姿に、思わず失笑してしまいそうになるのを抑えるのに苦労した。
 きっちり髪の毛を中に入れた帽子にゴーグル、それに大きく鼻と口を覆うマスクは、まさにこれから強盗に参りますといわんばかりの姿で、その下の、可愛らしい色合いの服装とは非常にそぐわない物だった。
 確かに花粉症対策のマニュアルからすると、お手本にして良い位の姿ではあったが、大半の人間、特に女性はおしゃれ等の兼ね合いで、多少妥協するのが普通だが、この少女は花粉との徹底抗戦という選択をしたらしい。
「大丈夫ですか、お怪我などは?」
「あ、いえ……大丈夫です」
 小さいな……身長だけ見ると下手すると小学生位にしか見えないが、声のトーンはともかく、その抑制と口調は結構大人っぽい。