赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (48)
会津で車がなくても生活が可能な範囲は、
駅前の商店街を中心に、町北町や一箕町のあたりまでといわれています。
市のマンションの北の窓からは、間近に駅舎の様子を
見下ろすことができます。
「ここなら、10代目がやってくるにも便利でしょう。
あれ。やけに静かだと思ったら、一匹だけ引っ越すのを忘れていました。
肝心のたまが見当たりませんねぇ。うふふ。なんとまぁ可哀想に。
今頃は清子に見放されたと思って、
きっと小春のところで大騒ぎをしています」
あわてて荷物をまとめて出かけてきたために、
たまのことはすっかり蚊帳の外です。
『あたしが1ヶ月のあいだ、清子を駅前のマンションで預かるよ』
といいだした市奴を、誰も咎めません。
かえって、『いいんじゃないかい。じゃあ、市さんよろしく頼んだょ』と、
春奴母さんまで、あっさりと2つ返事で了解をしてしまいます。
「いいんですか。そんな簡単に大事な清子をあたしに預けちまって。
女の武器を磨きあげて、清子を魔性の女に変えてしまいますょ。
だいいち本来のあたしは男です。
私の中にある男の本性がある日突然、目覚めたりしたら、
いったい皆様は、どうなさるんですか」
「馬鹿言わないの。よく言いますよ、いまさらに。
あたしにだってその気にならなかったくせに、今更になんですか。
若いのが良ければ話は別ですが、
15歳の清子じゃ、まだまだ小便臭くてとてもダメでしょう。
あらら。ハシタナイ話題だこと、この上ありませんねぇ。
はいはい。遠慮をすることなどはありません。
男の目から見た女の武器と色香といういうやつを、
たっぷりと清子に、教え込んであげてくださいな。
お願いいたします」
うふふと笑った春奴が、ちょっとおいでと清子を呼びます。
『何でしょう』と駆け寄る清子の背中を押しながら、
そのまま隣室へ消えていきます。
懐から財布を取り出した春奴が、中身をチラリと確認をしたあと、
そのまま清子の内懐へ、財布をずいっと差し込んでしまいます。
「市さんは誰が見ても、100%の押しも押されぬ、第一級の芸妓です。
しかし残念ながら、戸籍上と生物学的には男です。
まさか、お前の生理用品まで買ってもらうわけにはまいりません。
いいですか。親しいとはいえ、余計なご迷惑をおかけしてはなりませぬ。
気まずい思いなどをするまえに、自分で出来ることと、
事前に準備できることは、必ず自分でするように」
ずしりと重い、財布の膨らみ状態を察知した清子が、
「でも、春奴お母さん。
生理用品を買うだけにしては、お財布が重すぎるようです・・・・」
「はい。それだけに有れば、たぶん、一生困らないほどの
生理用品を買い占めることができます。
10代目と組んでなにやら、コソコソと悪巧みなどを始めたそうです。
となれば、作戦会議の場も増えますし、
工作資金なども必要となるでしょう。
気にせず安心をして、ドンドンと使いなさい。
お前さまが晴れて一人前になった日から、
せっせと搾取をしてあげますから。
初期投資だと思えば、とてつもなく安いものです。うっふっふ」
※『搾取』・搾(しぼ)り取ること。
階級社会において、生産手段の所有者が、
直接生産者からその労働の成果を取得することを意味しています※。
「あ・・・お母さん。もうひとつだけお聞きをします。
市さんの言う女の武器というものは、いったいどんなことを
指すのでしょうか?」
「清子は、どんなものだと思う」
「はぁて。形の良いお胸のこととか、まあるいお尻のことですか。
あたしは、足は大根ですし、お胸もお尻の形も、中身も、
まだまだ未発達のままですが・・・」
「まぁね。今時の15歳ならそんなものです。
女が年少のうちにお嫁に行けたのは、封建時代のことだけさ。
日本人の寿命は明治の頃でさえ、
平均が40歳代から50歳代と言われてきた。
明治以前の武士や公家の社会では、平均寿命はもっと短かった。
一家の大黒柱となる長男の結婚は早く、20歳前後で結婚するのが普通です。
当然のこととして、嫁いでくる女もごく年少ということになる。
早婚すぎるために身体は、まだまだ未熟な状態のままです。
そのため、難産や流産、死産、母子ともに死亡するなんてことも、
多々あったようです。
14~5から16~7という、幼い年齢で結婚する何も知らない娘たちを、
一人前の主婦に仕込むのは、それぞれの家の姑の仕事だよ。
ほら。そう言う意味で言えば、お前様にとって市奴姉さんは、
ぴったりと言える役割の、お人です」
「お母さん!。
肝心のお話が全く、解明をされていない気がします・・・」
「焦ることなんかないよ。気にすることなんか全然ないさ。
嫌でもそのうちに、いろいろと経験すれば覚えます。
10人いれば、10人10色でいろいろと武器の使い方も異なります。
でもね。市さんは手ごわいよ。
もともと備わっている女っぽさと、男から見た女の色気の両面から、
あの手この手でせめて来ます。
よほどでなければ太刀打ちなんかできません。
ま。いまだに浴衣の下に、今でもパンツなんか履いているうちは、
まだまだお前には、無理というものがあるでしょう」
「え?。浴衣の下に、
パンツを履いてはいけないのですか!」
・・・・花街で、着物の下にパンツを履いているのはお前だけだろうと、
下の方からたまが、ニンマリと清子を見上げています。
(49)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (48) 作家名:落合順平