赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (47)
半玉も芸妓も、お稽古ごとは仕事のうちに入ります。
芸を磨くため、お稽古に終わりはありません。芸妓でいる限り
生涯にわたって続きます。
お稽古には、タイコや小鼓(こづつみ)、大鼓(おおつずみ)などの鳴物。
日本舞踊などの踊り。常磐津や清元、長唄などの唄いの分野があります。
お稽古ごとは、各地の見番(組合)が主催しており、組合からは
お稽古代の補助などが出ているため、芸妓たちは1ヶ月、約1万円程度の
お稽古代で、いつでもこれらを習うことができます。
こうしたお稽古は、1分野あたり1ヶ月5日程度行われるのが普通です。
鳴り物の一つ、大鼓(おおづつみ)は「おおかわ」と呼ばれています。
演奏前に、1~2時間程度炭火で乾燥させた革を胴にかけ、調緒を
力一杯締め上げます。
それにより小鼓(こづつみ)の柔らかい音とは異なった、
力強く甲高い「カーン」という独特の音が響きわたるようになります。
音は基本的に「ツクツク」と鳴る「押さえる音」と、
「テンテン」という「響かせる音」の二種類です。
華やかな場面では、より華やかに静かな場面ではさらにそれを
際だたせるように、演奏上の工夫がなされます。
「はい。本日は、もうこのあたりで止めにしましょう」
心ここにあらずという風情で、ポンポンと大鼓を叩いていた清子の様子を
市が、簡単に見抜いてしまいます。
お稽古が始まり、まだ、15分すら経過していません。
「湿っぽい、うわの空の大鼓の音なんか、
いくら響かせても時間の無駄です
いくらお稽古しても、埓(らち)があきません。
本当にあんたも、嘘がつけない不器用な子ですねぇ。
おおかた喜多方の10代目と、何やらどこかで、密約などを
決めてきたとみえます。
悪だくみが、進行をしているような気配がプンプンと漂っております。
それでいながら表情が冴えないのは、何やら行き詰まってる証拠でしょ。
相談に乗るから、白状をしてごらん、清子。
私が、悪いようにはしないからさ」
「あら、ご指摘の通りです。
でも何で、市奴お姐さんには、それが簡単に筒抜けになるのでしょうか。
10代目と、あたししか知らない、内密の約束事ですのに」
「お前さまの顔に、そう、はっきりと書いてあります」
「今朝は、時間をかけて、
丁寧に洗顔などをいたしましたが・・・」
「ということは、たまには、
朝の洗顔も手抜きもするという意味ですね。清子は」
「はい。時には、承知で手抜きをいたします!」
「ははは。本当に嘘のつけない女の子だね。お前は。
言ってごらん。困っていることがあるならあたしが力になってあげるから」
「こちらでの滞在を、あと1ヶ月ほど延期をしたいのです。
春奴お母さんにも、小春お姐さんにも、そのことを上手に言い出す
タイミングが見つからず、実は、数日前より
心底、困り果てております」
「1ヶ月滞在を伸ばす?。
はて。ひと月滞在を伸ばしてお前様は、いったい何がしたいんだい?」
「東山温泉の盆踊りに、小春姐さんと
喜多方の小原庄助さんを引っ張り出します。
公然と、お2人でデートをさせるための段取りなどをいたします。
喜多方の10代目は、そろそろ私にも、新しいお母さんが出来ても良いなどと
はっきりと、私に、そう申しました」
「なんだって・・・・。聞き捨てならぬ事態です。
そうですか、10代目がそんなことを自分の口から言いましたか。
なるほどねぇ。あの子もそれなりに大人になったということでしょうか。
よろしい。それなら喜んであたしが一肌を脱ぎましょう。
なぁに、造作もありません。
清子は物覚えが悪すぎますから、あと1ヶ月私に預けなさいと
言ってあげましょう。
そうと決まれば、もう小春のところに長居をする意味はありません。
荷物をまとめて、今日のうちに私のマンションへ
引っ越してしまいましょう。
そうと決まれば、善は急げです。行きますよ、清子」
「え。いくらなんでも、それはまた、急すぎるお話です」
「馬鹿だねぇ、お前も。
呑気にここで構えていたら、また口車に乗せられて、お前のことだ、
きっと白状をしちまうのが目に見えている。
あたしの所なら、10代目と作戦を打ち合わせをしても、バレる心配はない。
子供だとばっかり思っていたが案外と、やるもんだねぇ。お前たちも。
なんだか、面白い結果になりそうだ。
なんなら、半年でも1年でも結果が出るまであたしが
面倒を見てあげるから、
ずっと、あたしのところで、仲良く一緒に暮らすかい」
「いいえ。一ヶ月だけです。
会津にそこまで長居をしょうとは、今のところは思っておりません。
どうぞ、ひと月だけ、よろしくお願いをいたします」
「なんだい。まったく、欲のない子だねぇ・・・・
なんなら、お前と結婚をしてあげたっていいんだよ。
あたしゃ今でも、今だに戸籍上は男のままだ。
清子だって、16歳になれば、結婚が許可される歳になる。
年齢差がざっと数えても、たったの44だ。
たいした年齢差じゃないだろう。
世間ではよくある話だ。あっはっは」
(48)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (47) 作家名:落合順平