赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (46)
「毎年8月13日から16日まで盆踊りが開かれます。
東山温泉を流れていく湯川の清流の上に、盆踊りの櫓が組まれます。
民謡「会津磐梯山」の唄とお囃子に合わせて、
市民や温泉客たちが一緒になり、一晩中盆踊りを楽しみます。
東山温泉にある旅館やホテルの女将、芸者衆もこぞって参加をします。
会津の盆踊りは東山温泉にとって、最大と呼べる
イベントなんだよ」
「その会津の盆踊りと、小春姐さんと恭子さんのパパがどうしたら
結びつくことになるのですか?」
「あんた。・・・・もしかしたら、盆踊りというものが持っている
本当の意味を、知らないのかい?」
「え?。みんながでひとつになって、
ワイワイと輪になりながらお囃子に合わせて楽しく
踊るだけのことでしょう。真夏の盆踊りって」
「盆踊りの、本当の意味は、
お盆にかえってきた祖霊を慰める霊鎮め(たましずめ)と
いう行事から始まったものです。
自分で念仏を唱えながら踊る『念仏踊り』が、原型だと言われています。
その後、念仏を唱える人と踊る人が別れる、『踊り念仏』と
いう形になります。
この『踊り念仏』が、各地の民俗芸能や
盂蘭盆(うらぼん。お盆のこと)の行事と結びついて、
精霊を慰めたり送り出すための、今日の行事になったのよ。
15日の晩に盆踊りをして、16日になってから精霊送りをするのも、
そうした現れのひとつです」
「お姉ちゃん。それだけのことなら、
別に普通のことで、あえて男女の出会いには相なりません。
死んだ人をお迎えして送り返すだけのことなら、生きた男女のことは、
まったく関係がないじゃ、ありませんか」
「まったく、この子ときたら。話の腰は折らないで頂戴ね、清子。
人の話は最後まで、ちゃんと聞くものです。
こうした盆踊りには、娯楽的な要素もたくさん含まれているの。
地域の中の結びつきを深めたり、帰省してきた人たちの再会としての場や、
男女の出会いの場でもあるという意味も、たっぷりと含まれています。
盆踊りの歌詞の中にも、色恋ものや、
きわどい内容が多いのもそのためです。
人々は、年に1度の盆踊りの機会に様々な思いを託すのよ。
盆踊りの晩(旧暦7月15日)は満月にあたりますから、
人々は、照明のない時代でも明るく過ごすことができました。
月の引力の影響で、何故か人の気分も高揚をするために、
盆踊りには最適といえる環境だったはずです。
盆踊りは、祖霊になった人々との別れを惜しむ踊りですが、
同時に、人との出会いや別れを惜しみ、
過ぎて行く夏を惜しむための踊りでもあるのよ。
子供達は無邪気に大はしゃぎするけど
大人達は様々な思いを胸に一晩中を踊るのよ
そのためだと思うけど、盆踊りは、楽しさだけではなく、
どこかでなぜか切なささえ、感じさせるものなのよ・・・・」
「ははぁ、なるほど。
盆踊りの中で、お二人が切なくなればいいわけですね!」
「そういうことです。でもねぇ、清子。
その中身がどういうことか、ちゃんとお前さんには
解って言っているんだろうねぇ」
「男女のすることといえば、たいていのことならば分かります。
ああなったり、こうなったりしながら、上になったり
下になったりして・・・・。
あ、すんまへん。どうにも、口では
上手く説明が言えません!」
「あはは。
そうだよねぇ、私もそのへんのところは、よう解らん。
要するに、私が今考えているのは、今度の盆踊りを上手く利用して、
あの2人を公然と、デートをさせてあげたいということや」
「デートをさせる?。
どう言う意味ですか。私にはよう分かりませんが」
「2人の恋仲は、もう10年を超えているはずです。
なのに、東山温泉以外であの2人を見かけた人は、いまだに、
ただの1人もいないと、私は聞いております。
パパが何度も、酒蔵の見学においでと誘っても、ただの一度も
小春姉さんは、酒蔵の見学に、足を運んでくれないそうです。
お母さんが生きていた頃からの話ですので、
小春さんならではの遠慮というか、気遣いなどが有ったと思います。
筋道を通しきった生き方は、傍目から見ていても見事だと思います。
ずいぶんと長い年月を、辛い想いをしながら
耐えてきたのだろうと思います。
母が亡くなり、だいぶ月日も経ちました。
そろそろ、あたしにも新しいお母さんができてもいい頃だと、
考え始めております。」
「え!。それって、あの、もしかしたら・・・・
え、え~。小春姐さんと恭子お姉さんのパパを、
夫婦にしようということですか!」
「しっ。声が大きいよ、清子。
先のことや、先の結果は、あくまでもは大人たちが決めることです。
こればっかりは、あたしたちにはどうすることもできません。
でもね、あんたが小春さんを、うまく盆踊りに引っ張り出してきて、
あたしがパパを盆踊り会場へ引っ張っていけば、
2人はばったりと、盆踊りの場で出会うことになります。
あとは私たち2人が勝手に姿を消してしまえば、
あとは大人2人だけの世界です。
どうする清子。手伝ってくれるよね。この夏の最大の
会津のイベントを!」
「はい。
私でよければ、精一杯に、お手伝いなどをいたします!」
高らかに宣誓の返事を返している清子ですが、この時点ではまだ、
事の重大性や、難しさを、まったくもって認知をしていません。
ただ、自分よりもすこしだけ大人びている恭子という姉貴分に出会えたことが
嬉しくて、単純に、ただただ舞い上がっているからに他なりません・・・・
(47)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (46) 作家名:落合順平