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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (44)

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (44)たまの機転

 
 「大和屋酒造の弥右衛門の長女で、恭子といいます」

 おずおずと風呂敷包みを差し出しながら、
恭子は最高潮に緊張しています。


 「くれぐれも失礼などがないように。
 これは、わしからだと言って渡してくれ。
 そう言われて、こちらを預かってまいりました」


 父から手渡されたのは、今年仕込んだ最上級のカスモチ原酒の特選品です。
カスモチ原酒は、きわめて豊潤でかつ濃厚な味を醸し出します。
こうじを多目に使い、天然の甘みを秘めたこの酒は、創業200年をほこる
大和屋酒造が醸法を常に厳格に守りながら、今日まで
伝統を守り受け継いできました。
将来、酒蔵の10代目を継ぐ意思を固めている恭子にとって、
このカスモチ原酒の特選品が持つ重要な意味を、嫌というほど
理解をしています。


 「ありがとうございます。
 お父上様に、よろしくお礼を申しあげてください。
 また先日は、ウチの清子が喜多方で大変にお世話になりました。
 あらためまして、わたしからも感謝を申し上げます」


 小春もまた、初対面の緊張から自分を開放しきれません。
つとめて冷静に、落ち着いた気持ちを装いますが、
心は穏やかではありません。
『立ち話もなんですから、どうぞ、上がってくださいな』
と玄関に立ち尽くしている恭子へ、ぎこちないない様子で入室を勧めます。
微妙な空気が2人のあいだに漂っていることに、ようやくのことで
清子も気がつきます。


 『まいったなぁ・・・』、清子が、空気を和らげるための対策を
考え始めたその一瞬、『オイラに任せろ!』と言わんばかりに、
3人の足元をたまが凄まじい勢いで、駆け抜けていきます。

 そのままの勢いで玄関を飛び出したたまが、
廊下で思わず足を滑らせます。
なんとかこらえ、態勢を立て直しながら急角度で、
かろうじて廊下を曲がります。
さらに階段へ向かい、速度を上げながら突き進みます。


 (よぅし。このあたりで、予定通り、
 急ブレーキを格好良く決めてみせるぜ!)

 階段の1mほど手前で、
たまが猛ダッシュからの急停止をこころみます。


 が、勢いがついたままのたまの足元は、
どうにも止まる様子がありません。
必死に爪を立てようともがきますが、昨日、磨くために訪れたばかりの
クリーニング業者の廊下のワックスの効果には、テキメンなものがあります。
いくらもがこうが、爪は効かず、一向にブレーキが掛かりません。


 『ばかやろう。クリーニング業者のクソ連中め。
 廊下を磨くにも限度というものがあるだろう・・・・
 このままでは、予定外に、階段から下の踊り場まで、
 さすがのオイラも、真っ逆さまに墜落だ。
 神も仏もいないのか、ここには。誰かオイラを停めてくれ~』


 もはやこれまでと、たまがついに覚悟を決めたその瞬間、
ヒョイと背中が掴まれ、軽々とたまが抱きあげられてしまいます。


 「朝っぱらから、廊下で暴走なんかするんじゃないよ。お前は。
 磨いたばかりの廊下が、ツルツルに滑ることなんて、
 誰が考えたって、簡単にわかりきっているじゃないか。
 もう一歩、あたしが上がってくるのが遅ければ、
 お前さんは階段から滑り落ちて、
 今頃は、救急車を呼ぶかどうかの大騒ぎだ。
 あ。子猫一匹、階段を落ちて怪我をしたくらいじゃ、
 救急車なんかやって来ないか。あっはっは」


 たまを抱きあげた市さんが、ドアから顔を出している3人に気が付きます。
呆気にとられたままこちらの成り行きを、じっと見つめている3人の様子に、
市も、なるほどと事態について気が付きます。


 『あらまぁ。何事がはじまったのかと思ったら、
 大和屋酒造の長女が、予想外に小春のところを訪ねてきたわけですねぇ。
 なるほどねぇ。それで小春が窮地に陥ったわけか・・・・
 なにか急遽、何かで、雰囲気の転換が必要となったというわけだ。
 重い空気を察したお前が、ひと芝居をうったというわけか。
 なかなかに気がきくじゃないか。たま。見直したよ。へぇぇ・・・・』


 あわてて駆け寄って来る清子へ、たまを、ほらと乱暴に手渡します。
が、上から下まですっかりと出かける支度を終えている清子の様子を見て、
またヒョイとたまを取りあげてしまいます。


 「なんだい。もう出かける用意が、すっかりと整っているじゃないか。
 じゃあ、そのまま、お嬢さんに遊びに行っといで。
 おや。どなたかと思えば、先日の大和屋酒造のお嬢さん。
 先日は、過分にありがとうございました。
 清子の遊びの相手を、ご自分から引き受けてくれたそうですが、
 私ども、大人たちも大助かりです。
 悪いですねぇ。こんな気のきかない無粋な子ですが、
 本日一日、よろしくお願いいたしします」


 成り行きを見守っていたたまが、清子が出かけると聞いて、
急に市の手の中で、ジタバタと暴れ始めます。
『こらこら。お前は今日はお留守番です。どうしても出かけたというのなら
あたしゃ構わないが、後でお前が、困ることにもなるんだよ』と、
たまの耳元で、市が意味深にささやきかけます。


 『んん?』怪訝な顔を見せているたまの耳元で、
市がさらにつぶやきます。
『本日は、午後になったら春奴姉さんと、豆奴がやってきます。
ついでに、久しぶりにミィシャを連れてきてくれるそうですが、
どうするのさ、お前。
清子のほうが良ければついて行くがいい。好きな方を勝手に選択しな。
どうするんだい。お前は?。やっぱり、
本命はミィシャのほうかな?。うふふ』


 市のささやきに、たまが細い目をさらに細くしています。
おまけに『ニャア~』と甘えた声を上げたあと、見たこともないほどの
ふやけた顔を見せ、目尻をだらしなく、卑猥なまでに
思いっきり下げてしまいます。

(45)へ、つづく