赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま （43）
それから数日後のことです。
午前9時ぴったりに、小春のマンションの黒電話が鳴り始めました。
『たまや。約束通り、１０代目の恭子さんがお電話をくれたようですねぇ』
たまと戯れていた清子が思わず動きを止め、隣室で小耳を澄ましています。
｢清子。喜多方の恭子さんというお嬢さんからお電話です」
小春から呼ばれる前に、清子はすでに部屋を飛び出しています。
『いつの間にお友達ができたの。お前には』といぶかる小春の手から、
素早く黒電話の受話器を受け取っています。
あとを追いかけてきたたまが、小春に事情を説明しようと笑顔で
下から見上げますが、
当の小春は、『はいはい。お腹がすいているお前には、
朝ごはんをあげましょうね』と、そのまま台所へ消えていってしまいます。
『まったく小春のやつときたら、
顔さえ見れば、いつでもオイラが餌を催促していると誤解をしゃがって。
たまにはオイラの話もまともに聞けよ！。
役に立つ情報を教えようと思ったのにさ、チェッ。なんだよ面白くねぇ』
憮然としているたまの頭上では、ウキウキとしている清子と、
電話をかけてきた恭子の約束が、あっというまに、
2つ返事でまとまってしまいます。
｢小春お姐さん。
恭子さんが、猪苗代湖東岸の観光に連れて行って下さるそうです。
これから一緒に、お出かけをしても構いませんか？」
｢一向に構いはありません。
でも、甘えすぎると、先方様にご迷惑にはならないですか。
その、恭子さんというお嬢さまに。
ハキハキとした印象を受けましたが、どちらのお方になるのですか?」
｢先日の喜多方で、お友達になったばかりです。
美味しいラーメンをたらふくご馳走になりましたが、その折りに、
今度のお休みに、一緒に遊びに行きましょうという
お約束などをしてまいりました。
将来は、10代目を継いで、
酒蔵の当主になると決めているお嬢さんです」
｢１０代目を継いで、酒蔵の当主になる？。
もしかしたら、そちらは、
大和屋酒造の弥右衛門さんのことですか？」
｢はい。弥右衛門さんの一人娘です。
高校3年生の綺麗な娘さんです。
清子が会津に居るうちは、いつでもあたしが遊んであげるから、
遠慮しないで、連絡をしてきなさいと言われています。
あっ。本日お電話をしてきたのは、
別の要件なども実はあると言っていました。
評判のミス東山温泉の芸妓、小春お姐さんの顔も、是非とも
見たいと言っております。
勝手に、見るくらいなら大丈夫でしょうと、
お返事などをしてしまいましたが・・・いけないでしょうか？。
小春お姐さん」
｢高校3年生なら、お前より2つ上になるわけですねぇ。
へぇぇ・・・もう、そんなに大きくなったんだ。あの時の、
あの小さなお嬢ちゃんが」
小春がへぇ～と思わず、感慨深そうに感想などを口にしているまさに
その瞬間、玄関で軽やかなチャイムの音が、早くも鳴り響きます。
『え？。』戸惑う小春を尻目に、清子が、軽やかに
玄関へ飛んでいきます。
（え？。な、何なのさ、一体。聞いてません。
いきなり出し抜けにあの子が、ウチの玄関に登場をするなんて。
第一まだあたしには、心の準備というものが、
まったくととのっていません・・・）
｢あのう・・・小春お姐さん。
少し早いようですが、もう恭子さんが、玄関へ到着をしてしまっています。
お待ちかねですのでこのドアを、開けてしまっても構いませんか？」
｢いったい、どこから電話をかけてきたのさ、お嬢さんは？。」
｢すぐ下の、公衆電話からです。
あ、その事を言うのをうっかりと忘れていました、あたしったら。
ごめんなさい。でも、どうしましょう。
本当に開けてもかまいませんか、ドアを」
｢仕方ありませんねぇ。いまさら断る理由が見当たりません・・・・」
はい。万事休すですとばかりに、小春が心の中で白旗をあげてしまいます。
『はいっ！。許可はしっかりといただきました！！』とニッコリと
笑い返した清子が、いそいそと玄関の鍵を開けてしまいます。
カチャリとドアが開き、風呂敷包みを抱えた恭子が、緊張したままの
こわばった顔で姿を現します。
その整った恭子の顔の中に小春は、幼い時に見かけた面影を、まったくと
いっていいほど見つけ出すことができません。
（一度だけお見かけしたのは、10年くらい前のことですから、
多分この子が、やっと、6つか7つのときのことだったと思います。
色白で、利口そうな子だという印象は覚えていますが、
なぜか、お顔のほうは、詳細に覚えておりません。
そりゃそうだ。相手は本妻が産んだ大切な跡取りの一人娘だもの。
私も若かったから正面からなんて、とても気恥ずかしくて、
気後れをし過ぎて正視することなんか最後まで、
まったくできずにいました。
へぇぇ。どこからどう見ても、今はもう、
一人前の素敵なお嬢さまです・・・・
清子とお嬢さんが結びつくなんて、あたしもうっかりとしておりました。
あたしも、油断をしすぎです。
これを、迂闊と言わずになんというのでしょうか。
あ、あ、なんだか、・・・・突然に頭が、
クラクラとしてまいりました・・・・
定めとは言え、まいったなぁ。もう・・・・）
（44）へ、つづく
作品名：赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま （43） 作家名：落合順平