罪悪は腹の底で眠る
罪悪は腹の底で眠る
いつも穏やかな顔で笑っているあなたが憎らしくて、あたしより随分と器用で手を伸ばせば何でも手に入るのに手を伸ばすことをしないあなたに散々苛々して、八つ当たりみたいなことばかり言って、それでも一ミリもあなたが取り乱すことがないものだから謝る前に更に感情が高ぶってしまっていつも大きな声で叫んでばかりいた。
どうしてあなたがいつも遠い目をしてるのか知りたくて、だけど聞いてしまったら、あなたの核心をついてしまったらきっとあなたは二度とあたしをその瞳に映してくれないだろうって分かっていたから、あたしはこういう時だけ利口な子供のように気付かないフリをした。
そんな子供が持つ残酷さを振りまわしてばかりいたあたしを、あなたは相も変わらず優しく眺めてくれるから手のひらをぎゅっと爪が食い込むほど握り締めていた。
散々引っかいておいて、きっかけはあなたからなんてほんとあたしってふてぶてしかったね。
人の間違いを指摘するばかりの子供だったあたしは、あなたのその曖昧さが大嫌いで、指で差しては言葉にしようとしてあなたを困らせてばかりいて、だけどそんなあたしをあなたは一度も責めることなく、そしてあしらうことなくいつでも向き合ってくれたし、どんなに理不尽な言葉にも、あなたは怒ることなく、丸く飲み込みやすい柔らかい言葉で諭してくれた。
そんなあなただったからまさか傷だらけだったなんてあたしが気付けるはずもなく、おもちゃの銃でも当たれば痛いんだという当たり前のことにすら気付けなく、てかてかに光った偽物の刃であなたを手当たり次第に殴っていたんだね。
強いということは傷つけてもいいということではないって誰かが言っていたのに。
理解したのはあなたの涙を初めて見た瞬間だった。
あぁ、選ぶということは捨てるということなのか。
人前で初めて泣いたと洩らしたあなたの声は抑揚すらなくて、暴いてしまった興奮と感動があたしの中でひしめきあって、色んな感情が溢れて来た。
でも、やっぱりそれは最後には後悔になったんだよ。
笑って欲しかったのに、なんて今更な台詞吐けるはずもなくて、まるで声を失ってしまったように立ち尽くすあたしを見てあなたは寂しそうに少しだけ笑った。
「かかしみたいだ」
あなたがそう言ったから「じゃああなたはカラスね」と言ったらあなた酷く哀しそうな目をした。
瞳に浮かんだ涙が月の光に照らされてキラキラと光っていたのに、あなたの瞳は太陽が沈んだ空よりもずっと暗い色をしていて、それは月すら沈む真夜中の海のようだった。
カラスは好きよ、と言いそびれてしまったままあたしは、唇を噛んだまま黙り込んで、裸足のまま立ち尽くす。
足元をなぜるように波が寄せては返して、その冷たい水の温度に心臓がぶるっと震えて止まったような気がした。