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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (42)

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (42)こだわりのラーメン


 清子とたまが、ラーメン店の2階にようやくのことで落ち着いたのは
すでにピークのお昼を過ぎ、午後の1時を回ってからです。
ひっきりなしだった来客たちの動きに陰りが見えた頃、ラーメン店2階の
いつもの恭子の部屋には、テーブルの上に料理があふれるほどに
並んでいます。


 「カツ丼でしょ。カレーでしょ。八宝菜でしょ。
 ラーメンも有るけど、餃子に野菜炒めまで並んでいますねぇ。
 すごい量です。
 いったい誰が食べるのかしら、こんなにたくさん」


 「あんたが、その身体で稼いだ戦利品だ。
 いいから遠慮しないで、みんな片っ端から、食べて片付けちまおうぜ」


 「それにしても限度があります。
 女子プロレスラーじゃあるまいし、あたし、こう見えても少食です」


 口とは裏腹に、目をキラキラとさせた清子がテーブル上の料理を
眺め回しています。
『そうは思えません。私から見たら今の清子は、
全身が食欲の固まりみたいに見えますが』ふふふと笑った恭子が、
まずラーメンの丼を引き寄せます。


 「喜多方には、ラーメンの食べかたに流儀があるの。
 最初の一口はレンゲを持たずに、丼をそのまま口に運ぶのよ。
 体裁を気にせず、音をたてるくらい、ズズズ~ッと思い切り
 すすってしまいます。
 美味しいスープが口の中いっぱいに広がって、感動で、脳みそが
 歓喜の喜びに震えるわよ。
 さぁ。遠慮しないで、清子もやってごらん」


 見本を見せてくれた恭子に促されて、清子も丼を口に運びます。
ずずっと音を立ててスープをすすっていくと恭子に言われた通り、喉を通り
口の中いっぱいに、幸せな油と醤油の香りが広がっていきます。
それがまたなんともいえず心地よく、ラーメンスープに含まれている匂いと
味わいが一気に清子の脳みそを駆け回り、心地よく魅了していきます。
『うわ~、本当だァ・・・・最高です!』と、
清子がニッコリと笑います。


 人の脳は、ラーメンスープをすすった時に、
喉を通り口の中に広がる「油」の善し悪しで、おいしさを判断するという
基準をもっています。
まして、この店のラーメンは、麺もまたオリジナルという
中太のちぢれ麺です。
噛み締める食感を大切にしているために、喜多方で定番とされている
細い縮れ面よりも若干だけ、厚めに麺が製造されています。

 ダシは、伊達鶏と煮干に昆布や香味野菜を使用した、シンプル仕立てです。
太くて縮れているのが特徴のこの店の麺は、スープ同様に油にもよく
絡むので、こだわりの「香りと旨みのある油」を、存分なまでに、
楽しむことができます。
口に含むとまず、臭みの無さに驚きます。
油がたっぷり入っているはずなのに、えぐみや臭みがまったく無く、
澄んだ味わいとともに、鼻に抜けてくる魚介の香りが、実に絶妙なアクセントを醸し出しています。


 食べ進めるうちに、一杯の中で「うまさ」が循環をしてきます。
スープはもちろん、麺とチャーシューからも、たっぷりとした旨みが
染み出してきます。
その旨みがまた、ことごとく麺に絡まってきます。
食べすすめている間、味がどんどんと変化を遂げて最初と最後の一口では
まったく別物のようにさえ感じられます。


 ペロリとラーメンを平らげた清子が、
今度は、カツ丼とカレーの前で姿勢を正します。
『おっ。お主、気合が入ってきましたね。見るからにやる気満々のようです。』と、隣で恭子が目を細めながら清子をみつめます。


 「だってぇ。いっぱい身体を動かしたんですもの、お腹はぺこぺこです。
 明日からしっかりとカロリー計算などをして、
 体重の管理をいたしますから、
 今日だけは見逃してくださいな。うふふ・・・
 もう、あふれてくる食欲には、勝てません!」


 「そうだよ。あんたは、朝からずっとお店の中で頑張ったんだ。
 たくさん食べて体力をつけなきゃ、若いもんは、身体が持たないよ。
 さぁさぁ。たくさん追加の料理を持ってきたから、遠慮しないで
 ドンドン食べておくれ。
 お茶と甘酒も持ってきたから、流し込むために使っておくれ。
 うふふ。いいねぇあんた。
 働きっぷりも見事だったけど、その旺盛な食欲も見ていて気持ちがいい。
 遠慮しないで、たくさん食べるんだよ」


 追加の料理を運んできたおばちゃんが、目を細めています。
『はいっ!』と答えた清子が、手元に置かれた甘酒へ
元気よく手を伸ばします。
何のためらいもなく、そのまま一気に、甘酒をものの見事に
飲み干してしまいます。
膝の上で居眠りをしていたたまが、妙な予感を覚えて、
思わず目を覚まします。


『清子のやつが、調子に乗り勢いに乗ったまま、
甘酒の一気飲みをしたってか?。なんだか、おいら胸騒ぎがする。
嫌な予感がするなぁ・・・・』
たまが、ぽつりとつぶやいた次の瞬間、清子の身体が
ふらりと揺れはじめます。


 白い顔に一気に紅がさしてきたかと思うと、
次の瞬間にはゆでダコのように、まるで湯気でもあがりそうなほど、
真っ赤な顔に変わってしまいます。
清子の大きな黒目が、ギュッと小さな点に変わってしまいます。
『あかん、ダメや』一声うめいたその瞬間、、そのまま後方に向かって
へなへなと、崩れるように倒れこんでいってしまいます。


 「清子!」

 「どうしたん、あんた。大丈夫かいな!」


 しっかりせいや、と抱き起こしかけた恭子が、
清子が手にしたままの甘酒のコップを奪うようにして取り上げます。
『あれ?・・・・これってもしかしたら』恭子が、コップから漂ってくる
甘酒とは異なる液体の香りに、ようやく気がつきます。


 「おばちゃん。
 これ、甘酒や無くて、ウチが持ってきた特性の、濁り酒やないか!
 間違えるおばちゃんも悪いが、なんも確認もせずに一気飲みをしてしまう、
 この子もこの子やなぁ!。なんや。もう少し利口かと思っていたのに、
 意外と単純な阿呆やな、この子ったら・・・・」


 『まぁまぁ、よくあることですから、清子の場合・・・・』と、
すずしい顔をしたたまが、慌てふためいている恭子とおばちゃんの2人を
見上げています。


(43)へ、つづく