赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (40)
ラーメン店が軒を埋めてひしめく喜多方の街とは言え、すべてのお店が
朝からラーメンを提供しているわけではありません。
準備中や仕込みで忙しそうなお店を何軒か素通りしたのち、恭子の足が、
すでに行列の見えている一軒のラーメン屋へと向かいます。
『おいおい。まだ、午前9時を回ったばかりだというのに、
もう、店の前に行列の渋滞が見えているぜ。
いったいぜんたい、どうなってんだよ、
朝からの、この驚きの光景は・・・』
たまが、大きく目を見開きながら前方を見つめています。
たしかに店の前には、観光客たちと思える一団が、思い思いに
順番を待っています。
セーラ服に日傘をさし、白い足袋に真っ赤な鼻緒の下駄を履いた恭子は
悪びれた風も見せず、そのまま行列を追い越して、
店舗の脇にある小道をズンズンと中に入っていきます。
(え、そっちなの?)慌てて清子も、その後ろに付き従います。
狭い小道を抜けると、川の堤防にぶつかります。
店舗の裏口が、堤防に面して作られています。
川に面した厨房の入り口には、麺の箱やら具材に使われる旬の野菜が、
ドンと、それこそ小山のように積まれています。
『すごいだろう。一日で食べちゃうんだよ。これだけの量の麺と、野菜を』
足元に気をつけてなと、慣れた様子で恭子が狭い通路を抜けていきます。
「おじちゃん。恭子です。
今日はあたしの、大切なお友達を連れてきましたから、
美味しいラーメンと、スタミナたっぷりのとんかつを上げて頂戴。
お代はいつものように、ウチの9代目から、好きなだけ
巻き上げてください。
お水はいりません。
そこの冷蔵庫から勝手に、サイダーを持っていきますから。
あっ、そうだ。もうひとりの珍客もいるの。
出汁で絞りきった煮干かなにか有ったら、分けてちょうだいな。
三毛猫のオスで、たまという子猫が一緒なの」
「へぇ。三毛のオスかい。たまげたねぇ・・・」
と、髭面の店主がひょっこりと顔を見せます。
「本当だ。恭子の連れに可愛い別嬪さんがお見えだねぇ。
珍しいこともあるもんだ。
おい、婆さん。事件だ、事件。えらいこっちゃ!
人嫌いの恭子が、可愛い女の子と猫の一匹を連れてきたぞ」
「へぇぇ。珍しい。恭子にお客様がお見えかい。
腕によりをかけて作るから、いつものように2階で
くつろいでいるといいさ。
あら、あんた。若そうなのに、浴衣の着こなし方がずいぶんと粋だねぇ。
日傘まで用意しているところをみると、あんた、只者じゃないね」
「清子。いいかげんにその場を逃げださないと、
おばあちゃんはしつこいからね。
おばあちゃん。お口のほうはいいから、手のほうを動かしてちょうだいな。
表で、首を長くして皆さんたちが、先程からお待ちかねです!」
「そんなに言うなら、あんたも、たまには手伝ってくれたらどうなんだい?
バイト代なら、言い値で、いくらでも出してあげるから、さぁ。
猫の手を借りたいほど、朝からウチは大忙しなんだよ」
「猫ならそこにいるじゃない。
清子と一緒にいる、そこのたまに頼んでみたらどう?」
「あのう。あたしでよければお手伝いをしますが・・・・」
思わず清子が余計なひと言を、口にしてしまいます。
どうせ頭から否定をされると思いきや、即座に『助かるよ』と
喜ばれてしまいます。
『アルバイトの子が、急にお休みをしちまってねぇ。戦力不足で、
てんやわんやだ。』と、奥の厨房からも、おかげで助かったと、
髭面の嬉しそうな声が飛んできます。
「はい。私でよければ喜んでお手伝いなどをします。
でも、ラーメン屋さんのお仕事は初めてですので、厨房では
足手まといになるだけだと思います。
お店で、注文取りと、食器の上げ下げくらいなら
お手伝いができると思います。
いいですか、その程度のお手伝いでも」
「大助かりだ。悪いねぇ。
じゃあ早速だが、この前掛けをつけて、お店の方の応援に入ってくれ。
いいねぇ。天の助けだ。可愛い看板娘がいきなり現れてくれたぜ。
あんた。名前は」
「清子です!」
『お前、ここで邪魔にならないように静かにしているんだよ』
通路にたまをおろした清子が、その顔を見つめながら
しっかりと念を押します。
『入ります!』と、明るく答えた清子が、て早く前掛けを腰へ
巻きつけながら、早くもお店に向かって飛んでいきます。
「おい。清子。手伝うことなんかないってばぁ・・・・
あ~あ、行っちゃった。
なんだか、嬉しそうに、あっというまにお店に飛んでっちゃった。
たまや。あんたのご主人はすごい人だわねぇ。行動的で、さ。
仕方ないか。たまには私も手伝ってやるか・・・・
まったくぅ・・・清子のやつめ」
(41)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (40) 作家名:落合順平