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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (32)

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (32)お座敷にて


 芸妓が入るお座敷といえば、どこもたいてい6時から始まります。
6時までに会場へ着き、開いているお座敷や、お客さんが
見えるお座敷で待機をします。
あらかじめ会場で待っている場合は、端に並んで正座をします。
お客様が入ってきたら「いらしゃいませ」と、にこやかに出迎えます。
後から入る場合には、ふすまを、座ってあけてから正座をします。
「いらしゃいませ」と挨拶を済ませますが、このときに先輩格の芸者さん
(どんな年令であってもお姐さんとよぶ)から、先にお座敷に
入ってもらいます。
年令やキャリアが上であっても、半玉は最後に入室をします。


 座る席にも、当然のように順番があります。
お姐さんから順に上座へ座ります。
半玉の指定席は下手の末座です。ただしそこが開いていなければ、
開いているところを見つけて座る場合もあります
時には、お姐さん芸妓から『こっちに来なさい』、と
呼ばれることもあります。

 宴席のスタート時はまず、コップを上においてからビールを注ぎます。
(とりあえず、ビールで乾杯というやつです)
お料理がきたら、割り箸を割ってお客様にさし出します。
酒がなくなったらお酌をし、ビールでない別のアルコールなどをすすめたり、
さりげない会話などを交わしますが、その間に、食べ終えたお皿などは
すぐに片付け、お膳から下げるようにします。
コップや、御猪の口が乾くことがないように、いつでもなみなみなの状態を
保つように、配慮をしながらお酌をします。


 『おい、清子。まるで、どうってことのない、
 ただの普通の宴会じゃないかょ』

 『しっ、。あんたは顔を出さないという約束でしょう。
 そんなところから、ひょっこりと、顔なんか出してどうするのさ。
 見つかったら只じゃすまないのよ、まったく』


 『普通のまんまじゃ、いつまで経っても盛り上がりに欠けるだろう。
 だいいちよぉ、かごから顔を出さなきゃ、小原庄助の
 顔が見えないじゃないかよ。
 おっ、あいつかよ。なんだい、大した男じゃないなぁ。
 あんな青白い男が好みなのかよ、小春のやつは。
 まったく、小春姉さんも、趣味が悪いなぁ』


 『大きなお世話です。たま。
 いいからお前は隠れたまま、そこで聞き耳だけを立てていなさい!』


 ピシャリとかごの蓋を、清子が閉じてしまいます。。
『なんだよ、ケチ。折角これからというところなのに・・・』
たまが暗闇の中で目を光らせ、ブツブツと愚痴り始めたとき、ようやく
待ちかねていた小春の三味線の音色が、お座敷に流れてきます。


 「涼しくなったから」という、
罰ゲーム付きのお座敷遊びの始まりです。
初めてのお客さんでもわかりやすいために、受けがよく
面白いと言われています。
芸者衆がまず見本をみせます。ひとりが女役で、もうひとりが男役です。
2人が団扇を片手に持って、踊りをはじめます。
次はお客さまにその役を演じてもらうために、お客さまには男役のほうを
じっと観察などをしてもらいます。


 予行演習は、これだけで終わりです。
小春が弾く三味線にあわせて、
『涼しくなったから、ちょっと出てきてごらん』
という唄にあわせ、お客さまが手招きをすると、芸者がそばへやって来ます。
お客さまが芸者の肩に手をかけ、抱き寄せて、団扇で顔を隠しながら、
接吻のまねごとをします。


 『釣りぼんぼりの灯も消えて・・・』とさらに、唄がすすみます。
見ている人には、本当に2人がキッスをしているような雰囲気に見えます。
そこで芸者が、パラリと団扇を落とします。


 もっと色っぽいヤツに、「蒸気ゃ波の上」というゲームがあります。
蒸気ゃ、波の上 汽車、鉄の上。雷さまは雲の上。 
浦島太郎は、ありゃ、亀の上・・・などと唄いながら、お客様と芸者が
ジャンケンポンを繰り返すという、単純な遊びです。
お客さんが負けると亀の格好になってもらい、四つん這いになります。
その背中の上に芸者が横坐りになって腰かけ、浦島太郎の気分にひたります。
お客さまは、芸者のお尻のぬくもりを感じることになります。



 芸者が負けると、
『わたしとあなたは床の上』という歌が飛び出してきます。
芸者が仰向けに寝ます。お客さまはここぞとばかりに、
芸者の上で体を重ねます。
クイクイと、得意満面に腰などを元気にふります。
お座敷ゲームには、いずれの場合にも、罰盃というものが付きまといます。
『負けた方がお酒を飲む』。これがお座敷でのルールです。


 『おっ、ようやく盛りがってきたぜ。お座敷が!』

 ぴったりと閉ざされていたはずのかごの蓋が、
いつの間にか開きはじめます。
たまの、びっくりするほどの大きな黒い目が、そっと、かごの隙間から
ふたたび現れます。



(33)へ、つづく