赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (31)
伊達巻をゆるめた小春姉さんが、清子の乳房の下を通過する形で
あらためて締め直していきます。
「大きくて、ふくよかな胸もいいが、小さいほうが着物には似合います。
着物というものは、直線的に縫製されていますので、
胸が大きすぎるとシワになったり、
衿元が綺麗に整わないので、そういう場合はわざわざ
胸を潰してしまいます。
お前の場合は理想的だ。ちょうど良い塩梅の胸の大きさだ。
着物が一番綺麗に見えるのは、乳房のすぐ下から両腕の脇の下を通り、
帯の形が全体的に、しっくりと収まったその瞬間だ。
お前。意外と、着物が似合う容姿と、その体型の持ち主のようだね」
「どう言う意味ですか、お姐さん」
「容姿はまぁまぁですから、とりあえずは合格点です。
問題は、体型のほうです。
胸は控えめで、お尻は出っ張りすぎず、かつ低からず
胴長で短足であることが、着物が似合う着物美人の絶対的条件です。
その点お前は、その全てを幸か不幸か、すでに身につけているようですね。
うっふっふ」
「それって。メリハリの足りない体型という意味に聞こえます。
お姐さん!」
「世間ではそのようにも言いますが、それほど
気にすることもないでしょう。
女性の骨格の成長は、15~16歳までと言われています。
人によっては、22歳までと言われていますが、
思春期を迎えるのが遅かった人は、
もうすこしだけ遅くなるとも言われています。
で。実際はどうなんだい、お前の思春期の到来ってやつは?」
「初潮は、とうに来ておりますが・・・・」
「馬鹿だねぇ。初潮じゃないよ、思春期のことさ。
居ないのかい。例えば想いを寄せている好きな男の子とか、
ボーイフレンドとか?」
『居るには、いますが・・・』と答えかけた瞬間、清子の足元へ
たまがのそりと歩いてきます。
『へぇぇ。居るのかよ、お前。その顔で』と、胡散臭そうにたまが
清子を見上げます。
『うるさい。このド短足子猫!』ヒョイと狙い済まし、
繰り出されていく清子の右足が、むなしく空振りをみせ、そのまま
空を切ります。
『すでに読んでおるわい。お前の右足が来ることなどは。
先刻から承知済みじゃわい』左へ逃げたたまが、勝ち誇ったように
清子を見上げてせせら笑います。
その瞬間を逃がさずに、清子の左足がたまの尻尾を捉えてしまいます。
『愚か者め。右足はあくまでもフェイントじゃ。狙いは左足での、
お前のしっぽじゃ』まいったか、こいつめ・・・と清子が目を細めて、
たまを頭上から見下ろています。
「これこれ。もうそのくらいで、いい加減にしないか、2人とも」
着付けの手を止めた小春姐さんが、清子とたまを交互に睨みつけます。
『悪餓鬼と遊んでいる場合ではありません。本日のお座敷には、
とても大切なお客様がお見えです。あなたも粗相のないように、
気をつけなければなりませぬ』
はい。これで綺麗に出来上がりました。と、ポンと清子の帯を
小春が叩きます。
「あとは、襟元に名刺いれと扇子をいれ、かごを持ち、
ぽっくりをはけば、立派な半玉の出来上がりです」
まんざらでもありませんねぇ・・・と、
小春が目を細めて笑っています。
『お姐さん。たったいま、大切なお客様がお見えになると聞きましたが、
本日はどのようなお方がお見えになるのですか?』と、
清子が問いかけます。
「気になるかい?。
喜多方の小原庄助さんだよ。会いたいだろう、お前も」
「姐さんがあの、いまだに、想い続けているという、
あの喜多方の・・・・」
「お前が緊張して、うろたえることはないだろう。別に。
その当人の、小原庄助さんだ。いまのうちに会っておきたいだろう、
お前も」
そんなぁ。突然言われても、どうしたらいいのか・・・・
と訝(いぶか)る清子の足元に、尻尾を引きずりながら、また、
たまがやって来ます。
『面白そうな展開の話だな。俺もお座敷に連れていけよ、清子』
と、見上げてきます。
『馬鹿言ってんじゃないわよ、たま。これは遊びじゃないのよ、
お仕事ですから』連れて行けるはずなどありませんと、
清子が鼻でせせら笑います。
『でもよう。そこに置いてあるかごは、おいらにはぴったりだぜ。
連れていけよう。オイラも見たいんだよ。
小春が、命懸けで惚れて、男に尽くすためだけに
東山温泉にやってきたんだぜ。
どんな男か、見ておきたいだろう。誰だってさぁ』
『そうは言うけど、バレたりしたら大変です、お前。
八つ裂きどころか、三味線の革にされてもしらないわよ。あたしは』
『静かにかごの間から覗き見するだけなら、別に問題なんかないだろう。
連れて行ってくれよう、清子。お前のことも愛しているからさ。
おれだってこれからのために、持てるいい男になるための
勉強がしたいのさ。
少年の向学心てやつを、無駄にしないでくれよ。頼むよ、清子』
『あんたの場合は、どこまでいっても魂胆が見え透いているけどね。
ただの興味本位だけの話でしょ・・・・
まぁいいか。静かにしているんだよ、本当に。
ばれたら、あんたもあたしも、絶対に、
只では済まないことになるんだから』
『恩にきるぜ。さすがは清子だ!そうこなくっちゃ!』
(32)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (31) 作家名:落合順平