赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (30)
お粉(しろい)は、
一度塗ったらそれで終わりというわけではありません。
女性たちがファンデーションをなじませていく時と同じように、
鏡越しに映る自分の顔を何度も確認しながら、
スポンジで肌になじませていきます。
正座したまま、くるりと向きを変えた清子が、合わせ鏡などを使って、
今塗ったばかりの背中のおしろいの様子を確認しています。
芸妓のお化粧方法は、お姐さん芸妓から、妹芸妓へと、実践と
口伝えによって時代を超えて伝えられていきます。
「すべてのことは見て覚えます。
わからないことがあれば丁寧に聞いて覚えます。
身支度も、芸も、感覚がすべてとされるのが、芸妓の世界です。
あわてることはありません。
できるようになるまで、ウチがきちんと見届けます。
ふふふ」
と、小雪姉さんが、清子の背中で笑っています。
この日も、小春姉さんは、間近に迫った舞台の準備と舞の稽古で
忙しいはずなのに、部屋の隅にじっと座ったまま、はじめから最後までを
付き添っています。
「柔らかい印象にしなければいけません。
眉毛も、はじめは赤の粉で引きます。
黒だけで引いてしまうと、どうしてもきつい印象になり、
りりしくなってしまいます。
赤でまず描いておき、その上から黒をのせ、淡く調節をしていきます」
小春のあたたかい指先が、清子の眉を柔らかくなぞります。
半玉でデビューをしてから1年を過ぎると、アイラインを入れたり、
目元の赤も濃いめに付けたり、その人のその人のアレンジが、
徐々に許されます。
しかし出たての半玉は、アイラインは入れません。
目尻も、頬紅も、ピンクのお粉でほんのり色づけをした程度で
お化粧は終わりです。
唯一、上まつ毛にマスカラを付けますが、
これはお化粧として行う意味よりも、拭っても付いてしまう
白粉の色を隠すため、という要素が強いためです。
お化粧が一通り済むと、着付けに入ります。
京都の舞妓は、自毛を使って日本髪などを結いますが、半玉には、
そうした決まりごとはありません。
多くの場合がかつらを用います。
紫のネットをかぶり、髪はきちっとこの中におさめてから、
鬘(かつら)をかぶります。
自分用につくられていますが、装着するためには熟練した技術を
必要とします。
慣れるまで、人にかぶせてもらうのが普通です。
かんざしは、
桃割れの後ろのところと、わきの3ヶ所につけていきます。
右側に大きめのものをつけて、ひときわ目立つように配置をします。
最初の頃は、キラキラと輝く垂れたかんざし類などが多くなります。
季節を表した花が多く、この飾りは、毎月それぞれに
取り替えられていきます。
1月はお正月を表す飾りや、1年分の実りを願っての稲穂。2月は梅。
3月は菜の花というように、月ごとの変化に加えて、
芸妓の年齢(キャリア)によっての違いなども、かんざしの様子に
反映をしてきます。
ぶらぶらの飾りがいっぱいついたかんざしは、
もっぱら若い芸妓たち専用です。
これがたくさんついているほど、若い芸妓ということになります。
子供らしさやかわいらしさが、ことさら強調されているからに
ほかなりません。
お姉さんになるほどに、こうしたぶらぶら類は少なくなり、
かんざしそのもののも、シンプルなデザインに変わっていきます。
かつらをかぶったら、つぎに着物を着付けます。
出だしの半玉の大半は、お姉さん芸妓に着物を着せてもらいます。
赤い襟のついた長襦袢の上半分の襟を、大きめに抜きます。
「華奢ですねぇ。清子は。
昔はウチもこんなものでしたが、羨ましいかぎりですねぇ。
この肌の、このきめ細やかさが。うふっ」
ウッと思わず息がとまるほど、
清子の胸を伊達締めが締めあげていきます。
『脇の下を締めることで、余計な汗が止まるのよ。』と、着付け中の
小春姉さんが、小さな声で笑っています。
『それにしても、姐さん・・・・
これではキツすぎて、まったく息ができません』
清子も、思わず愚痴に近い不平をこぼします。
慌てて小春姉さんが、清子の胸元の様子を覗き込みます。
『苦しい?。おかしいなぁ、変ですねぇ。
あら。ペッタンコに潰れていますねぇ、
お前の胸が。道理で、微妙な手応えなどが有ると思いました。うふふ』
可哀想ですから、少し緩めておきましょうと、
小春が清子の背後へ回りこみます。
小首をかしげながら、不審な顔を見せている清子の胸元へ、
背後から小春の両手がゆっくりと伸びてきます。
どうするのかしらと、その指先を見つめていると、いきなり
襟元をかき分けた小春の指が、あっというまに、清子の
小さな乳房を握りしめてしまいます。
『あっ!、お、・・・お姐さん!』
突然の出来事に、思わず清子が悲鳴をあげてしまいます。
「あら。思いのほか、手応えが有るじゃないの、お前のおっぱい。
大きさは、固めの熟れる前の小桃というところかしらねぇ。
とても良い形です。
乳房の形や大きさ、位置などというものは、みなさん微妙に異なります。
ふう~ん。お前さんのオッパイの定位置は、少し下目の、
このあたりですかぁ。
じゃあ、さっき締めた伊達巻の位置では、おっぱいが圧迫されすぎて、
苦しいはずですねぇ。やっぱり・・・うふふ」
(31)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (30) 作家名:落合順平