僕で或り続ける為に
第五話
どうやら、己の体内時計は目覚ましがなくとも5時半に起きるようになっているらしい。
清清し…くもない朝、欠伸を噛み殺し昨日準備した鞄を持ち二階で待機した。
相変わらず使用人達は泣いていたが己の幸せの為だと区切りをつけ
今となっては無表情で黙々と仕事をこなしている。
…それも案外寂しいものなのだが。
30分後、6時になってようやく目の下に隈を作って起床した御主人様は
己の姿を見つけてはすぐに口付けを交わす。
「ふっ…!」
「御前と別れるのは…嫌だよ…」
何子供みたいな事言ってるんですか。
「そんな事言ってもらって光栄です、御主人様」
にへらっと笑ってみせれば頬を赤らめ、しかし複雑な顔して離れた。
覚悟を決めた様に息を吐いたら、己の手を掴み寝室への階段を登ろうとした時―――
丁度いいタイミングで扉がノックされた。
「…!
もう来たのか…。
おい、開けて差し上げろ!」
側にいた使用人に声をかけ、長年勤めている使用人が扉をあけた。
左右には他の使用人達も立っており一同、恐らく赤城と思われる者と専属執事だろう者が見えた途端深い会釈をした。
「そう畏まらずとも良いですよ。
長居するつもり有りませんし…ね?」
短髪の黒髪は手入れがきちんとされているのだろう。
長さは揃えられ優雅に歩くたびサラサラと揺れている。
眼鏡をかけ、スーツを着こなし、長身のその人には嫌と言う程似合っていた。
顔も人間なのかと問いたくなる程整っていて微笑を浮かべている顔は美しかった。
低すぎでもなく、高すぎる声でもない。
ありふれた声なのだろうが、酷く落ち着く声。
神様は何故こう不公平なのだろう。
赤城はキョロキョロと何度が目線を彷徨い、己と目が合った時微笑から
満面の笑みに変った。
大股で歩き己の前に立つと、視線を合わせる為に方膝を立て
手の甲にキスを落とした。
…って、性別を間違えてないかな?俺、正真正銘男だけど。
「君が、陽兎(はると)君…だね?」
「…はい。
゛俺゛が陽兎です」
無表情で、しかし゛俺゛だけはしっかり強調し赤城を見た。
けれど相手は詫びる様子も無く満面の笑みから再び微笑に戻せば
次の瞬間、己が浮いた様な感覚になった。
いや実際には浮いた。
足は地面に着いておらずいつもより視界が高くなった。
そして赤城の顔が…横を向いている?
自分がどんな状況か、など分かりきっている。
そう、横抱きにされているのだ。
赤城に。
「…!!…君、軽すぎないかい?
御飯はちゃんと食べている?」
「…食べてます。
後なんで俺を横抱きにしてるんですか?」
「今から車まで行くからね。
此処からあの玄関まで行くのでさえ、今の君の体力じゃ無理だろう?
倒れてしまったら綺麗な肌が怪我してしまうよ」
確かに、此処から玄関までで限界。
己の部屋にトイレも、お風呂も、食事も運ばれる。
最低でも10歩歩けば何でも出来る距離に全て設計されているので
体力もつかないし、寧ろ落ちてくる。
って、だから何故知っているんだ。
やはり己の事など何でも知っているという風な口ぶりに疑問は増すばかり。
それを知ってか知らずか、上機嫌で玄関まで行こうとする。
赤城…の専属執事から睨まれたのは何故だろう。
ふと、後ろの゛元゛御主人様を見れば昨日の己と一緒の表情―――…。
赤城の背中を睨みつけていた。