停電
「お前、気でも狂ったか?」
私の右側から馬鹿にしたような声が聞こえた。
確かに、言われてみれば気が狂ってしまっているのかもしれない。そうでなければ、臆病な私がこんなに冷静でいられる筈がない。
この状況が私を狂わせているのだろうか。
何気なく時計を見ると、丁度今長針と短針が重なった。うるさいサイレンが街に響き渡っているが、私は聞こえないふりをして音を遮断する。
「逃げてんじゃないよ。本当は聞こえてるんだろ?栓をしたって無駄だ!」
今度は左側からどなり声だ。ほとほと、あれにはもううんざりしている。気付きたくない事まで親切に教えてくれやがるせいで、私は物知りの博士にでもなれるのではないかという勢いだ。全く、私にはプライバシーという物が与えられていないのだから嫌になる。
「近い! 近いよ! ……きゃあ~!」
窓の外が光った。
私だって雷は怖いが、例のように聞こえないふりをしていると大丈夫だ。雷なんかよりもあれの方が怖いのだから。
いうなれば私は避雷針のような存在なのかもしれない。厄介事なんかは全部私が任される。
そして、怒られるのもいつも私。知らず知らずに周りの不幸を一点に集めているのではないだろうか。
「ねぇ、早く上げてきてよ」
それもそう。私の仕事だった。私は確か、先程もブレーカーを上げに行ったような気がするのだが、どうも曖昧だ。もしくは夢の中、か。
ブレーカーの蓋を外した私は、何度かスイッチを上げたり下げたりしてみた。が、戻った気配が全くない。雷がこの家自体に落ちたか、それかそうとう近くに落ちたかだろうか。どちらにしてもこのままでは面倒だ。
薄暗い部屋に戻ると私はまた椅子に腰かけた。
相変わらず目の前のテレビは間抜けな画だ。
そうだ、私は狂ってなどいない。おかしいのは周りだ。いつも私は正しいのだ。
空腹が頭の回転を悪くしてしまっていたのだろう。そうに違いない。
飯を、作ろう。
宣言をする私の言葉を聴いている者は誰一人、いない。