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「勘違いするな、遊びだよ」

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「お前の兄貴ってさ、一体何者なの」
「演劇サークルのまわし者」
 いや、そうじゃなくてさ。
 茶髪の大学生と、黒髪の小学生が佇む。二人は同時に川縁へ腰を下ろした。茶髪の男は薄着で郊外まで来ていたので、寒さに顔をしかめる。小学生は無視してきっぱり返した。夕暮れ時の閑散とした街並み。アンバランスな人の影が川の表面に浮かんだ。弟が、まさかこんな愛想のないひねくれボーズだとは思っていなかった茶髪は気まずそうに黒髪のつむじを見つめた。座高が頭一つぶん高いおかげで、よく観察できる。川は街中をブチ抜いて通っているような他愛ないものだったものだから、あまりキレイな水は流れていなかった。バイトの帰りがけにたまたま見覚えのある顔を見つけたものだから、声をかけてみたのだ。かけなければよかったと思いながら、茶髪は心の中で先程までの自身の行動を呪った。
「今日は家に帰って来る予定なんだろ?」
「たぶん、まだ帰ってこない」
 何故か、そう問いかければ。
「公演が近いんだってさ」
 そうか、それでか。
 茶髪は納得し、開いた上着の襟を正した。風が隙間から容赦なく入ってくるせいで、気持ちまで落ち着かなくなってくる。とにかく何か言葉を続けなければ。
「今度の公演で、兄貴は何の役をやる予定なの?」
「僕が知るわけないだろ」
 答えてくれるわりに、口調が刺々しい。俺なんかこの子に嫌われるようなことしたっけ。どう返して良いかわからなくなってきた茶髪は、苦心して次の一言をひねり出した。
「そうか、そうだよな……あんまり自分のこと話さないもんな。お前の兄貴」
「わかったらもう帰ってもいい? この後塾あるんだよね。ヒマを持て余した大学生に構ってる暇が惜しいんだ」
「可愛くねぇクソガキ」
「お褒めの言葉をどうもありがとう」
「褒めてねぇよ」
 黒髪が立ち上がると、今度は茶髪が下から見上げる番になった。真新しそうに見えるランドセルは、五年生の彼が今まで歩んできた時間を感じさせなかった。自分が小学生の頃は、毎日バカみたいに遊びほうけていたから、ジェネレーションギャップを感じる。今どきの小学五年生は遊び呆ける暇もないってか。
なんかさみしいな、それ。
「そんなにお勉強してどうするつもりなの?」
「早く就職先を見つけて安定するつもりなの」
 茶髪は人知れず胸を押さえた。痛いところをついてきやがる。
黒髪は茶髪の顔を見ることなく続ける。
「兄ちゃんがちゃらんぽらんだから、僕がしっかりしてないといけないんだ」
「ふーん」
 塾の時間は大丈夫なのだろうか。心配する反面、もう少しだけ、このませた小学生の本音をしぼり出してみたくなって、饒舌に言葉を続けた。
「俺は、お前の兄貴はそこまでちゃらんぽらんでもないと思うけどな」
「そんなのわかってるよ」
 わかってるけど、僕は兄ちゃんみたいに不真面目でいられない性分なの。黒髪の声が、ここにきてはじめて自信のなさそうな調子に変わった。思わぬ引き金をひてしまったらしい。小声で言い放ち、今度こそ走り去っていく小さい背中を見つめながら、茶髪は深いため息を吐き出した。
 結局、本音を聞きそびれたような。
思いもよらない事実を知ってしまったような。





***





 姿が見えなくなったことを確認した後、呟いた言葉は間抜けな調子で風にまぎれる。
「まさかそんな風に思ってくれていたなんてな……兄ちゃん泣けてきちゃう」
 ――ふう。
 もう一度息を吐き出し、先程まで茶髪「だった」男は「茶髪のカツラ」を川に放り投げた。ちゃぷ、と川面に揺れる茶色いかたまりは、滑稽に表面を滑る。
ゆらゆら、ゆらゆらと。
 黒髪の大学生は、沈みかけた夕陽に向かって苦笑した。本来の色を主張する自身の髪に手を伸ばし、触ってみる。髪質は小学生の彼と瓜二つだ。長い時間潰されていたせいで、少しへたり、潰れている。
 懐から携帯用化粧落としを取り出し、顔面を拭いながら「寒い」と襟を重ねた。
 脳内では既に、次に挑戦しようと意気込む「キャラ」の構想が広がっている。
「今度はガリ勉系インテリメガネ男子に挑戦してみるかな」
 化粧を落としたばかりの顔の中で、眉が不敵に歪む。演劇系男子の野望は見境がなかった。同じ黒髪でも、流れる遺伝子は素直に反映されてくれないようだ。
世の常である。
「……ったく。案外可愛いところもあるじゃねぇか、アイツ」